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3/22/2024, 11:57:38 AM

「バカみたいよ」

箸が落ちた。叩かれた手が痛む。

何が間違っていたのか分からないが、
怒られたのだからなにかしてしまったのだろう。

「まともに箸も持てないの?」

成程。箸の持ち方を間違えていたらしい。
今初めて知った。箸の持ち方が間違えていることを。



友人より何より、長く付き合ってきたのは
家族でもなく、教材と机だった。

最低限の出席日数を取り、残りは家で家庭教師と缶詰。

努力が結果になったとて、満足してもらえたことは
一度もなく、学年があがるにつれ、数字だけでなく
アルファベットの質も求められるようになった。

食事よりも睡眠よりも勉強。
一に勉強、二に勉強。とにかく勉強。

身体を崩しても翌日には勉強。




机を齧り続け、大学は名の知れた所に入学できた。

合格通知が届いた時、母は嬉しそうに笑っていた。
母の笑顔なんて久しぶりに見た。嬉しかった。


お祝いを称した食事会が今だ。叩かれた手は
さっきよりも赤くなっていて、ジンジンと痛む。

頭の中の辞書をめくる。やっぱり専門外だ。
箸の持ち方は載っていなかった。

家庭教師に箸の持ち方は聞かないし、
家庭教師も教えてはくれなかった。

勉強不足だ。

こんなにやっても足りないのか。




今は解雇された元 家庭教師は、隙間時間に
ぽつぽつと自身の話をしていた。

自分と同じ様に勉強を強いられていて、
部活は1年しかさせて貰えなかったこと。

クラス会には一度も参加したことがないこと。

長期休みが終わり、友達から旅行の土産をもらうが、
自分は一度も返せなかったこと。


毎週金曜日の夕食だけは必ず家族で食べること。



あの人は自身と自分を重ねるように語ったが、
自分は今でもそうは思えない。



あの人はきっと、
箸の正しい持ち方が分かっているだろうから。




ああ、ほんと、

/バカみたい

3/21/2024, 10:46:25 AM

孤影悄然は放っておけない。

一人ぼっちが二人になったところで、孤独は拭えない。

趣味の話題も、喜怒哀楽も、相手にぶつけたとて、
同じ様に返ってくるものでは無い。

自分の知人の一人を例としよう。

自分が怒っている時、こいつは哀しんでたり、
自分が哀しんでいる時、こいつは楽しんでたりする。

自分たちは以心伝心が出来る訳では無い。ただ、
人より人の目を気にする分、相手の変化に気付き、
近づいたり離れたりをしている。

元より、友人はそれなりにいた。一緒に酒を飲む仲間。
気が緩んで、沢山飲んで、酔って暴れて相手にあたる。

次の日からメッセージの既読がつかなくなる。

その繰り返し。


こいつは、自分が酔って暴れても、あたっても、
翌日には何事も無かったかのように振舞う。朝飯まで。


こいつの心配をしているか?

俺を軽蔑しているか?



こいつは自分以上に悪酔をする人間だ。
もう言わなくても分かるだろう。


互い以上に最適な相手が居ないから、一緒にいる。


一人ぼっちが二人になったところで、孤独は拭えない。

孤影悄然は放っておけない。



/二人ぼっち

3/20/2024, 10:38:59 AM

あ、これ夢だな。


と、母に名前を呼ばれ、笑いかけられて気付いた。
辺りを見渡す。

自分の絵が飾られている展覧会。ついさっきまで
居心地の良かったこの空間が、作り物だと気付き、
脳の奥が急激に冷めて行くのを感じる。


自然と口角が下がる。気分は最悪。正面を見た。
偽物の母がこちらを心配している。偽物の母が。

母の笑顔なんてここ最近見ていない。
いや、違う。しばらく、母を見ていない。

直近の母との会話は半年前。
電話口から聞こえる母の泣き声と怒声。
大きな声に耳が痛かった。

目の前のこちらを窺う女に目を凝らす。
あの時から、母は私を名前で呼ばなくなった。

だから夢。


今日私がするべきことは、安いスーツを着て、
黒い髪を結い、薄っぺらい化粧をして、履歴書を
送った会社に足を運ぶことだ。


現実とは程遠いこの空間。ハリボテだと
分かってはいても、手放したくはなかった。


部屋の角が明るい。それに抗う術を、
今までも、これからも、私は持っていない。



ああ、嫌だな。
もうすぐ、夢が終わる。




/夢が醒める前に

3/19/2024, 11:07:46 AM

犬と人間のハーフ。科学技術が進歩したこの世界で、
種族の違う生き物同士のハーフは珍しいものじゃない。

最も、犬の母と、人間の父を持つ僕もその当事者にあたる。

獣族と人間のハーフと言ったら、人間の顔に、獣耳が二つ、人間の耳が二つの計四つで、人間の体にしっぽが生えているのが主な特徴だ。

父親と母親の特徴を受け持つ、至ってシンプルな造り。これは出身地域別の人間同士のハーフも、種類別の獣族同士のハーフも同じ。

ただ一つ違うのは、僕の体は人間単体の形をしていて、顔だけが完全に犬であること。オブラートに言えば特徴的、悪く言えば異端。周りに馴染むことは難しい。


ここまで読んで、君は僕に興味を持っただろうか。
今もこうしてガラス窓を隔て無いと人と話せない僕に、
触れたいと思うだろうか。耳を触ると、顎を撫でるとどうなる?毛並みは?鳴き声は?泣く声は?体の境界線は?生殖器に違いはあるのか?子を成せるのか?どんな子供が産まれるのか?

好奇心で高ぶっている生き物程怖いものは無いよ。
よく考えてみてくれ。あの事件を忘れないで欲しい。
猫の次は犬かも。……僕かもしれない。



そろそろいいかな?

……君のその、その目が怖いんだ。






/胸が高鳴る

1/20/2024, 2:33:34 PM

いいかい。海の底はね、真っ暗なんだよ。

水面はあんなに透明で、青くて、美しくても、
足元は見えないんだ。

溺れたって誰も君に気付けないんだよ。

気を抜いちゃいけない。どこでもそうさ。
たとえ陸でもね。足元はいつでも真っ暗だよ。

溺れないように、慎重に歩かないとだ。
決して誤ってはいけないよ。いいね。


『海の底』

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