「良いお年を」
「良いお年を」
対面で会う最後のタイミングで一回。
その後年明け近くまでチャットツールで話した後、
『今年はこれで最後ね』『残りは家族と過ごすから』
という意味でもう一回。
大晦日最後の2時間。
自分は彼女の特別だという自負はあるが、
家族という枠には入っていないのだと
少しだけ寂しさを覚える2時間。
きっとお互いにそうだと思う。
今年は逆。
お互いに、家族に「良いお年を」と挨拶をしている。
今年が二人で過ごすさいごの年末年始になるかもしれないけれど
彼女と知り合ってからずっと抱えていた寂しさが満たされるような、特別な年越しだ。
こたつにみかん。
そのみかんを頬張るのは、着込みすぎてもこもこの彼女。
これ以上ないほど冬の風情のある光景だ。
「エアコンもうちょっと上げる?」
「ううん、大丈夫。暑いでしょう?」
「どちらかといえば、まぁ」
日課のランニングを終え、軽くシャワーを浴びてホカホカの身体。
冷え知らずで、冬でも薄手のTシャツとジャージ姿の自分。
対して万年冷え性で、あの手この手で冬を乗り越えようとする彼女。もこもこの部屋着にあらゆる上着を重ねてまんまる。
これまたもこもこのソックスにもこもこのアームカバーも装着しており、手足の防御も完璧だ。
「でも大丈夫、雪見だいふく食べるから」
「この寒さで、アイスを…?」
信じられないと言う彼女の視線を感じながら
エアコンの設定温度を2度上げた。
「冬って感じしない?」
「そうかしら」
「だってお餅だよお餅。食べる?」
「遠慮しとく。寒いし。みかん食べてるし」
「残念」
アイスを冷凍庫から取り出し、彼女の入ったこたつにお邪魔すると、もこもことした感触が足に当たる。
「これ履いてると汗で冷えない?」
「だって、床冷たいんだもの…」
「確かに。いつか引っ越しするときは床暖あるとこがいいねえ」
「良いわね。でも、あなたがのぼせちゃいそうよ?」
「家に居れなくなっちゃう!?」
「それは私も困るわね。帰ってきた時は家にいてほしいし…」
急に彼女がしゅんとする。
縮こまるもこもこが、もそもそとみかんを口に運んでいる。
かわいい。
へへ、と締まりのない笑いが出てしまい、
彼女もふふ、と笑ってくれる。
幸せだった、そんな冬の日。
「ねえ、今年はどうするの?」
「そうだねえ…」
問われているのは帰省のこと。
例年通りならば年末には帰省し、
両親祖父母や親戚達からの面倒な追及を躱しつつ
どうにかして時間を潰し、
そうして二人で暮らすには狭すぎるこの部屋に帰ってくる。
「面倒かも。適当に理由つけてさ、一緒に年越ししようよ」
「いいの?家族で集まる機会は大事にしたほうが…」
「それはそうだけど」
来年からは自分は学生ではなくなる。
彼女の方も実習などで忙しくなるらしく、
二人でダラダラ過ごせる冬休みも今年まで。
「まだ一緒に年越ししたことないからさ。さいごかもしんないし」
「嫌なこと言わないで?」
「だって、本当のことだ。それに2人とも家にいない時間のほうが多くなりそうだし、お互い年末も年始も無いようなもんでしょ。だからいいのいいの」
「いいのかなぁ」
「いいの。一緒に年越しそばたべよ」
これからきっと顔を合わせる時間がどんどん減っていくけれど
だからこそ二人で居られる瞬間を大事にしたい。
「…分かったわ。私、紅白見たいんだけどいい?」
「え!…あ、そっか。好きなアーティスト出るんだもんね」
「ありがと。見終わったら好きにしていいからね」
「はぁい」
多分、お互い一人でも過ごしていけるけど
相手が立ち止まったときにまた一歩進むための理由になりたい。
二人で過ごした思い出がきっと自分と彼女の原動力になる。
他愛のない会話がまたできる日を心待ちにして
日々を過ごしていくことになるのだろうなと予感した。