フラワーショップのウィンドウに
白いレースのカーテンがありまして、
店主さんは何を思ったのか
花屋さんなのに
そこに本を置き始めたんです。
それもあまり知られてないものばかり。
たまに昼寝をしに来る猫もびっくりです。
いつも入ってくる窓の前に
ズラ〜っと本が並んでいるのですから。
なんというか
店主さんは少し変わった人で
いらっしゃいませと
値段と
ありがとうございましたくらいしか
話さないんですが、
いつもお店は面白いです。
毎日内装の雰囲気が代わってて、
可愛かったり
ミステリアスだったり
ごちゃごちゃしてたり。
そしてそのお店にある花も面白くて。
造花みたいに枯れないんです。
けど初めて来たお客さんが
疑って1輪花を買って調べたんですが
造花じゃないってちゃんと出たんです。
少し話がズレるのですが、
それからそんなお客さんが
面倒くさかったのか、
店主さんはその造花じゃない証拠を
窓ガラスに1枚貼っていて
ふふっと笑ってしまいました。
路地裏にある訳じゃない、
むしろ大通りに面してるのに
そこにあることを意識できない
花が人を選ぶフラワーショップ。
"Good Midnight!"
本を並べたのは
花に人を選びやすくさせるためだそうです。
飛行用バイクを使う時に
いつも見ていた地図が
ついこの間強風で破れた。
その事を話したら
また地図が支給されるんだけど、
新しい地図は全く役に立たなかった。
そもそも書いてることが全部嘘だった。
その地図では
迷子列車の駅は地中に、
白雲峠は大海原にあった。
私が知ってるところは
ちゃんと違うってわかるんだけど、
知らないところに行く時は
本当に困った。
現地で人に道を尋ねるという
ここら辺では珍しいことをした。
しかもこの地図は
毎日毎日書いてることが変わる。
今度は白雲峠が地中にあったりね。
元々方向音痴なのもあって
朝方に帰ることが多くなった。
文句を言いつけても
今はそれが一番高性能だとか何とか言われて
替えて貰えない。
これが上と下ってやつか。
下の私は上の言うことを聞かなきゃいけない。
上の言うことが真実であり事実であると
信じて疑ってはいけない。
どれだけクソみたいな地図を渡されてもね。
"Good Midnight!"
藍色のマフラーが風になびく。
日はだいぶ沈み、
夜が近づいていた。
今日は何時に帰れるんだろ。
そんなことを考えながら
冷たい空気の空を走った。
あのガラクタも
あの本もあの話も
全部好きだよってはっきり言えたら、
少しは楽になれたはずなのに。
好きなものを隠してるのは
苦しくは無いけど
言わなくてもいいことを言わなかったことぐらい
モヤモヤする。
声に出せば吐き出るかと思えば
一度我慢してしまうと
それが無くなることはなかった。
できるのは好きなことを好きなだけして
好きなものに囲まれること。
ある日は一日中アニメを、
またある日はお気に入りの本を
何回も読み返した。
私が忘れっぽいことを使えば
手っ取り早く楽になれたかもしれない。
日々の行動を増やしていけば、
行動しない日を減らしていけば、
私は自然と忘れていく。
けど使えない。
毎日我慢するから。
私の周りに人がいる限り、
口と耳がある限り。
"Good Midnight!"
世界が嫌なんじゃない。
恨んでもいない。
私自身が嫌で恨んでるだけ。
ただ、
鳥みたいに
羽を休めるために地面を歩いたり
うさぎみたいに
月で餅つきがしたい。
花より団子。
三色団子を歩きながら食べてたら
桜の花びらが引っ付いてきた。
団子は好きでも嫌いでもないけど
こう、食べ物に引っ付かれると
桜の木を折ってやりたい気持ちが
一瞬過ぎる。
まあ歩きながら食べてる私も悪いんだけど。
今日は気温は高いけど、
涼しい風が吹いてるから
花びらが散りやすいし舞いやすい。
桜の木はなるべく避けてたつもりだったけど
少し遠くに見えるのは
満開の桜の木。
しまった。
こないだ通った時は
まだツボミすら無かったから
油断してた。
せっかくの緑色の団子に
2、3枚の花びらがついてしまったので、
取って食べたが
また買い直して食べた。
結局は家で映画でも見ながら食べるのが
一番だったなぁって。
"Good Midnight!"
でも私は
なんだか不思議な気持ちに陥った。
桜の花びらは
散って風吹になるけど
また花として咲くことはなくて
一つ一つの花が消えていくのを
人は綺麗と言って。
君と約束をしたあの日、
ジメジメと暑く
半袖が丁度いいくらいの頃だった。
君と私、
2人の少女は駄菓子屋で涼んでいた。
ふと、
君がポケットをゴソゴソとした。
この前トランシーバーを買ったからと
1つ私にくれた。
糸電話みたいで楽しくて
ずっと遊んでた。
帰り際に君はこう言った。
もし歳をとって
君も私もトランシーバーのことを忘れたら
どっちかが思い出した時コールしよう。
それで、今日みたいに報告ごっこしよ。
少し小さな小指を揺らして
指切りげんまんをした。
あれから数年経ったけど
私はついさっきまですっかり忘れていた。
覚えることが山積みで
トランシーバーどころじゃなかったんだろう。
君が出てくれるかわからないけど
コールしてみることにした。
もちろん約束を守って。
"Good Midnight!"
こちら、白雲峠より旅に出た者です。
状況報告します。
星が降っています。
いい夜です。
話す内容はスラスラと出てきた。
しかし返事が返ってくることはなかった。
君は今どこで何をしてて
約束の記憶とトランシーバを
どこへやったのだろう。