異世界行きたいなぁ。
そんな考えが浮かぶとすぐに
私は妄想行きの電車に乗る。
ノイシュヴァンシュタイン城みたいな
お城で仕える使用人か、
お城の周辺に暮らすモブになりたいと
心から願ってる。
現実はシャバいから。
少し上から目線のような感じがするが
異世界転生でもしたら
さっき言った通り、
下の人間になろうと思ってるんだし
打首されるのはごめんだから控えるけど
今なら許されるからね。
久しぶりに着た
如何にもモブAっぽいワンピースは
私のお気に入り。
着すぎて1度破れたことがあって、
それからもう1着買って
たまに着るようにしている。
首から足首までストンと
ストレートなこのワンピースを
腰辺りでベルトを付けると
ものすごく平民っぽい。
最近風邪が流行ってるらしく
今日は珍しく着込んだ。
風が強かったのでね。
家を出てからも
妄想の世界は止まらない。
こんなに寒い外も
妄想の中では暖かい。
"Good Midnight!"
私はそんな妄想の世界が
たまらなく好きなのだ。
白雲峠で
白髪の少女は上を見上げ
ただ雪を待つ。
そんなに待っても、
バスは来ませんよ。
糸目の少年が言った。
ふと横を見ると
錆びたバス停がある。
バスを待ってると思われたのか、
少年は少女にどこに行きたいのか尋ねた。
ボク、知らせに行こうと思っていたんだ。
ちょうどいい。
近くの村へ案内してくれないかな?
少年は頷き
少女を連れて行った。
村についてすぐ
少女は村長に会わせろと言った。
今それどころじゃない、
村人が1人オオカミに食われたんだ。
すぐ近くにいた人がそう言った直後、
村長は村の中心の台に立ち、
直ちに影響はないようです。
オオカミではなくクマが出たんでしょう。
ここら辺にオオカミなんていませんからね。
村人たちは歓声をあげた。
だが少女は
甘いね、偉い人。
すぐに取り押さえられた。
まさかの少年も。
この村では村長に軽口を叩くと
牢屋に入れられるらしい。
大人しくしてたら3日で出られるそうですよ。
少年は少し呆れた声で呟いた。
すると少女は息を思いっきり吸い込み
オオカミがくるよー。
と叫んだ。
見張りの村人は嘲笑した。
嘘つけ、さっき村長も言ってただろ。
ここら辺にオオカミなんかいないし
もっと違うやつが食ったって。
こう言われることはわかっていた。
しかし隣を見ると
ねぇ、ボクが白髪なの
皆笑うのに
なんでキミは今泣いてるの?
キョトンとした顔で少年の方を見る少女。
3秒経ってようやく少年は
自分の目から溢れる涙に気がついた。
わ。なんでだろう。
その少年の声に被るように
少女はまた叫んだ。
オオカミがくるよー。
食べられちゃうぞー。
羊もボクもキミも村も。
今度は嘲笑する声は聞こえず、
空間が切り取られたように
少し離れたところが無くなっていた。
あーあ。
言わんこっちゃない。
少女は既に鉄の首輪を破壊して自由になっていた。
少年もすぐ少女に助けてもらい、
外で辺りを見渡した。
遠くの方で白く大きなオオカミが
走り去っていくのを見て
本当に食べたんだと
少年は驚いた。
少女が振り返った頃には
少年は急にどこかに行ってしまった。
これだから無自覚系ネブラスオオカミは。
少女は少年の後を追った。
ネブラスオオカミには
いくつか種類がある。
1000mの巨体のやつもいれば、
小柄だが化けれるやつ、
無意識に仲間を呼ぶやつもいる。
ネブラスオオカミの7割は凶暴。
2割は自我はあるが無自覚。
1割は自我があり、
オオカミであることを自覚している。
無自覚のやつは
自分が人間や他の動物だと信じてる。
その中には仲間を呼ぶやつが紛れていて
他の動物を巻き込むので
ちゃんと教えて
1割に入れなければならない。
"Good Midnight!"
こんな馬鹿げた哀れなオオカミなど
いなくなった方がマシだとボクは思うけど
偉い人は甘いからね。
共存できる道をずっと作ろうとしてるんだ。
少女は綺麗な白い毛をなびかせながら
雪の上を走り
少年に追いつこうとした。
せっかくの休日だというのに
私はアニメを見まくっていた。
こう1日中寝ながらアニメを見てると
無駄にした気分になるが、
アニメには変えれまい。
だがそのアニメは
子どもの頃から見てきたジャンル、
転生系なのだが、
毎回夢を壊される。
魔法・魔術が出てくるのだ。
現実では使えるはずがないものを
主人公は転生し、
異世界で最強の魔法使い・魔術師になるのだ。
こういうアニメを見たあとは
最低10回は
手を突き出して広げ
目を瞑りイメージをして
力を込めて魔法をうつフリをしたり、
適当に作った詠唱を唱えたりする。
もちろん不発。
私も転生しようか考えたが
都合のいい話はない。
全て作り話、と自分に信じさせ
転生に失敗するかもしれない
という気持ちを尊重した。
自分のおかげで今生きているというわけだな。
身体を柔軟に動かす格闘にも憧れたが
現実では暑苦しく
私には不釣り合いな場だったので
大人しくラジオ体操をした。
頭の中ではもう
完璧に最強な私が誕生してるんだけどな。
現実はそう上手くいかないもんで。
12月だからか、
今日もどこかで
イルミネーションを見に行ってる人がいる。
私のように布団の中で1日を終える人もいる。
いつか
事故か何かで死んだ時、
異世界に転生して
魔法・魔術の才を初めから持っていて
その世界で最強になれますように。
"Good Midnight!"
ないものねだりな
悲しき私からの願いでした。
なんて
誰かに語りかけたりして。
袖が広がっている
病院には不釣り合いな洒落た服を着た
少し不気味な少女は
誰もいない病室で1人、
具合が悪いわけでも
怪我をしたわけでもないのに
ベッドに寝っ転がり天井を見る。
すぐそばには
ガーゼ、ハサミ、
そして1本の注射器。
少女は何かあったのか、
急に叫び出す。
止まらない、止まらないよ。
溢れて止まらない。
早く止血剤をくれ!
すると1人の看護師が入ってきて
棚から飲み薬を出す。
少女は急いで体内に流し込むが、
すぐに吐き出してしまった。
看護師は目を細め、
一度ドアの方を見てから床を吹く。
唸り声を上げながら
ポロポロ涙を流す少女に
もう1人、マッシュの看護師が入ってきた。
その看護師はすぐそばにある
1本の注射器に
ピンクと青の液体を入れ、
少女に打つ。
少女が穏やかな表情に戻っていく。
液体のピンクは恋、
青は怠惰。
まるで愛を注いでいくように
マッシュの看護師も穏やかな表情をしている。
最初に入ってきた看護師は
床を吹き終えたのか
ドアを開けて出ていく。
ほどほどにね。
そう笑ったマッシュの看護師も出ていく。
少女はまた天井を見上げ、
また吐いた。
まだ食べていないからか
出てくるのは胃酸ばかり。
穏やかな表情をしていたのは
さっきの一瞬きりで
少女はのたうち回った。
注射を打てばどうにかなると思ったのだろうか。
少女は何も入っていない注射器を持ち上げ
まるで注射器にキスをするように
喉の奥に突き刺した。
すぐに抜いたが
胃酸以外の、
真っ赤な血が口から溢れ出て、
血反吐と混ざり
どす黒く床に溜まっていった。
眠るように倒れた少女は
絶望が幸福になった幸せそうな顔をしたまま
冥界を見た。
"Good Midnight!"
ほどほどにって言ったのに。
ニコニコ笑いながら少女を見下ろす
マッシュの看護師。
本当に怖いのは人間か、
それとも人間の皮を被ったただのバケモノか。
可愛いのに可愛くないと言う。
好きなのに嫌いと言う。
みんなが想像する「あまのじゃく」とは
この事だろう。
しかし民間説話の妖怪でもある「天邪鬼」。
人に逆らう鬼だ。
今日はそんな天邪鬼の
ある少女のお話を。
その子は普通の人間の少女だった。
進んで村の手伝いをして
頼まれたら全てやり遂げ、
太陽のような笑顔を持つ
村の中心的存在。
しかし少女は
自分の気持ちを隠していた。
やりたくないと思ってもやり、
無理して笑う。
村の人々は少女の本当の気持ちを知らずに
毎日手伝いをお願いした。
この村を明るくしたい思いと
普通に暮らしたい思い。
心と心がぶつかり合ったある日、
少女の額に薄紅色のツノが生えた。
鋭く尖っていて
みな気持ち悪がった。
少女にあれだけ助けてもらったのに、だ。
少女は酷く落ち込んだ。
自分が我慢までしてやってきたことは
無駄だったのだと。
そして逃げたのだ。
深い森の奥へ。
そこは静かで誰もおらず
案外こんなもんなのだと
肩の荷が降りた。
それからというもの、
少女は人間の言うことを
聞かないようになった。
食べ物を盗み
森で暮らした。
何度か村の教会を襲ったので
天の邪魔をする鬼、
天邪鬼と名付けられた。
妖怪はそう長くは
人間の目が届く所にはいられない。
反抗者だったので
はぐれ者の妖怪だけが住む路地裏に
追いやられた。
蔦路地というここには
狐や狼、河童など
有名な妖怪から
マイナーな妖怪まで居た。
ここから出たいと思う者が多いらしいが
少女はちっとも出たくなかった。
自分で村をめちゃくちゃにしたくせに
化け物を見るような目で見られるのが
嫌だったのだ。
"Good Midnight!"
ここでは夜しか出歩かないという
暗黙のルールがある。
提灯などがぶら下がり
祭りのように賑やかになる夜のお供が
"Good Midnight!"
妖狐にこの賑やかな騒ぎっぷりは
居心地がいいどすなぁ?と言われ、
少女は首を振る。
しかし本心は
ここが私が私であれる最後の居場所だと
よくわかっていた。
前から吹く強い風は
止むことなくまだ吹き続ける。