袖が広がっている
病院には不釣り合いな洒落た服を着た
少し不気味な少女は
誰もいない病室で1人、
具合が悪いわけでも
怪我をしたわけでもないのに
ベッドに寝っ転がり天井を見る。
すぐそばには
ガーゼ、ハサミ、
そして1本の注射器。
少女は何かあったのか、
急に叫び出す。
止まらない、止まらないよ。
溢れて止まらない。
早く止血剤をくれ!
すると1人の看護師が入ってきて
棚から飲み薬を出す。
少女は急いで体内に流し込むが、
すぐに吐き出してしまった。
看護師は目を細め、
一度ドアの方を見てから床を吹く。
唸り声を上げながら
ポロポロ涙を流す少女に
もう1人、マッシュの看護師が入ってきた。
その看護師はすぐそばにある
1本の注射器に
ピンクと青の液体を入れ、
少女に打つ。
少女が穏やかな表情に戻っていく。
液体のピンクは恋、
青は怠惰。
まるで愛を注いでいくように
マッシュの看護師も穏やかな表情をしている。
最初に入ってきた看護師は
床を吹き終えたのか
ドアを開けて出ていく。
ほどほどにね。
そう笑ったマッシュの看護師も出ていく。
少女はまた天井を見上げ、
また吐いた。
まだ食べていないからか
出てくるのは胃酸ばかり。
穏やかな表情をしていたのは
さっきの一瞬きりで
少女はのたうち回った。
注射を打てばどうにかなると思ったのだろうか。
少女は何も入っていない注射器を持ち上げ
まるで注射器にキスをするように
喉の奥に突き刺した。
すぐに抜いたが
胃酸以外の、
真っ赤な血が口から溢れ出て、
血反吐と混ざり
どす黒く床に溜まっていった。
眠るように倒れた少女は
絶望が幸福になった幸せそうな顔をしたまま
冥界を見た。
"Good Midnight!"
ほどほどにって言ったのに。
ニコニコ笑いながら少女を見下ろす
マッシュの看護師。
本当に怖いのは人間か、
それとも人間の皮を被ったただのバケモノか。
可愛いのに可愛くないと言う。
好きなのに嫌いと言う。
みんなが想像する「あまのじゃく」とは
この事だろう。
しかし民間説話の妖怪でもある「天邪鬼」。
人に逆らう鬼だ。
今日はそんな天邪鬼の
ある少女のお話を。
その子は普通の人間の少女だった。
進んで村の手伝いをして
頼まれたら全てやり遂げ、
太陽のような笑顔を持つ
村の中心的存在。
しかし少女は
自分の気持ちを隠していた。
やりたくないと思ってもやり、
無理して笑う。
村の人々は少女の本当の気持ちを知らずに
毎日手伝いをお願いした。
この村を明るくしたい思いと
普通に暮らしたい思い。
心と心がぶつかり合ったある日、
少女の額に薄紅色のツノが生えた。
鋭く尖っていて
みな気持ち悪がった。
少女にあれだけ助けてもらったのに、だ。
少女は酷く落ち込んだ。
自分が我慢までしてやってきたことは
無駄だったのだと。
そして逃げたのだ。
深い森の奥へ。
そこは静かで誰もおらず
案外こんなもんなのだと
肩の荷が降りた。
それからというもの、
少女は人間の言うことを
聞かないようになった。
食べ物を盗み
森で暮らした。
何度か村の教会を襲ったので
天の邪魔をする鬼、
天邪鬼と名付けられた。
妖怪はそう長くは
人間の目が届く所にはいられない。
反抗者だったので
はぐれ者の妖怪だけが住む路地裏に
追いやられた。
蔦路地というここには
狐や狼、河童など
有名な妖怪から
マイナーな妖怪まで居た。
ここから出たいと思う者が多いらしいが
少女はちっとも出たくなかった。
自分で村をめちゃくちゃにしたくせに
化け物を見るような目で見られるのが
嫌だったのだ。
"Good Midnight!"
ここでは夜しか出歩かないという
暗黙のルールがある。
提灯などがぶら下がり
祭りのように賑やかになる夜のお供が
"Good Midnight!"
妖狐にこの賑やかな騒ぎっぷりは
居心地がいいどすなぁ?と言われ、
少女は首を振る。
しかし本心は
ここが私が私であれる最後の居場所だと
よくわかっていた。
前から吹く強い風は
止むことなくまだ吹き続ける。
ハーフアップの髪を
後ろで止める黒いリボン。
その大きさは今日の気分の良さだってこと
誰も知らなくていい。
ただ欲しいものがぼちぼち手に入ったら
それで幸せ。
何でもないフリが上手くなったのは
私のせいだから。
この今を作ったのは私だから。
それで辛いって言うんなら
ちょっと違くない?って思っちゃう。
過去の自分くらい幸せにしてやろうよってね。
まあ現実はこんなこと
言ってられないんだけどね。
欲しいものは
ぼちぼちどころか
全然手に入らないもの。
泣けてくるわ。
氷みたいに冷たくなった浴槽の縁から
手を離して
ゆっくり湯船に浸かったら
溺れていくみたいで
世界から見放されたみたいで
なんだか落ち着く。
なんだか洒落てしまったけど
やり過ぎぐらいが丁度いいって言うか。
お風呂を上がった直後だというのに
マフラーを巻いて定時連絡をしに外へ。
なんで午前2時にしたんだよ。
眠いじゃん。
口には出さず思いに留める。
……ピーッ、
"Good Midnight!"
こち…ら、ナンバー123……あかつき星…で……。
ジーッ、
"Good Midnight!"
こちら、ナンバー222、明快星です。
少し音が途切れています。
改善願います。
ゴッ、ゴッ、
ナンバー222、聞こえますか。
直りました、ありがとうございます。
構いませんよ。報告お願いします。
はい、明快星、
本日も特に異常なし。
星屑の雨のカケラは
今日も取れませんでした。
なるほど、また明日もこの時間でお願いします。
…プツンッ。
ふぅっとため息。
暖かくならないここで
髪を弄ぶ風は
どこまでも自由に飛んでいく。
もうちょいそっち打って!
友達と通話を繋げて
ビデオゲームをしながら過ごす休日は
最高だ。
私はどれだけ頑張っても弱いから
味方ゲーではあるけど
友達と息が合った時とかは
仲間がいて、
助け合えてる!って感じがして
面白い。
ちょっと前に
そのゲームの大会があった。
本格的なやつ。
弱いから無縁だと思って
調べもしなかったけど
よく見かけるので
ちゃんと調べて見てみた。
そしたらもう面白くて!
元々人がゲームしてるところを
見るのが好きだったけど、
上手い人のを見てると楽しくて
自分も強くなった気になって
今すぐゲームがしたくなった。
結果はいつもより酷かった。
やっぱり見ただけじゃ
私は何も学べないんだなぁと
ちょっと残念だった。
次は他の友達も誘って
チームで戦ってみたくなった。
でも場違いなところで言っちゃって
調子に乗りすぎたと
言ったあとで気づいた。
残ったのは後悔と調子乗りの自分。
泣きたくなるほど
辛いことだった。
いらないことを覚える癖が
ここでも発動しちゃって、
ずっと消えない。
"Good Midnight!"
一度全てを忘れて
奈落の底から出たいと思った。
ある所に
小さな魔女がいました。
いい魔女でも悪い魔女でもない
普通の魔女。
双子の姉が大好きで
いつも2人手を繋いでいました。
街でも有名な仲良し姉妹で
2人の作るレモネードはとても美味しく、
星屑アイスが上にのっていて
クリームソーダのようで
見た目も味も最高なのでした。
そんな平和な日が
火の海になったのは
少し後のことでした。
1人の悪い魔女が妖精の村を襲ってしまい、
怒った妖精たちは
魔女の街に火を放ったのです。
消火しようと
何人かの魔女は魔法で水を出しますが、
火には妖精の粉が混ざっており、
中々消えません。
双子は何とか避難出来ました。
しかし、
安全に暮らせそうな場所は見当たりません。
妖精に見つかると殺されてしまうかもしれない。
そう思った双子の姉は
妹だけでも守ろうと、
0.5日の招かれた者しか行けない所へ案内しました。
ずいぶん前に、
ここを作った別の星から来た人と
仲良くなったので、
勝手に使わせてもらいますと
手紙をそこら辺に置いておき、
妹にこの空間のことを隅から隅まで話しました。
そして妹には
私はここにはいられない。
魔女の街の近くで
安全そうなところを
必ず見つけて迎えに来る。
その間ここには招かれた者が
何人かやってくるから、
だからここの案内人になってくれと言いました。
少し考えてから頷いた小さな魔女は
またレモネードを作ろうと約束しました。
別れ際、
いい魔女になって、ここに来る人に
幸せな人生を与えてあげて欲しいと姉に言われました。
暖かいハグをして
悲しそうな笑みを浮かべながら
2人は別れました。
小さな魔女は
それから毎晩、
"Good Midnight!"
と言っていました。
これは魔女の街の暗黙のルール。
どこに居ても、
夜はそこにあって
いい夜を過ごしましょうと言う意味です。