通り雨
良かった、秋雨じゃなくて💦
通り雨みたいな 人たちだ
ワタシもぉ ワタシもぉ
俺様はぁ 俺様はぁ
実は 独りぼっちの複数系
だと気づいているよ
自分の我の雨を降らす時 仲間が欲しくて
友達が欲しくて月に祈って 独りぼっちの複数系なんだろ 分かっているよ
騙されてあげるよ いちにさんし…ほら友達百人
愛情不足のアダルトチルドレン
独り善がりは自分だと気づけない
みんな 自分とおなじでないといけない
幸せも不幸も それは一人ひとりの
心が決めるものと気づけない
みどりの雨なら 通り雨でも
草木を花を森を育てるが
アダルトチルドレンの我が儘な
我の雨は 君をいつまでも
港に留めるよ そのことに気づけ
「井の中の蛙大海を知らず」
それが 今の君だよ
しかし これには下の句がある
「されど 天の高さを知る」
池の中にしかおらず 海の広さを知らない
蛙は それでも空の天の高さを知ることが出来るという意味だ
親のこしらえてくれた巣のなかにしかおらず
世間の広さを知らない
子供は それでもせめて親が与えてくれる今の暮らしの高さくらいは知ることが出来なければ
いちにんまえの口をきくな
腫れ物にでも触るように育てられたから
好きなものを与えてもらわなきゃ
不幸だと思うのか?
死んでるね君の感性
生きているのに死んでいるよ
もう いい加減目を覚ませ
通り雨は その池の蛙にも降る
「井の中の蛙大海を知らず されど天の高さを知る」通り雨のひと粒が君の頭に当たったなら
腹を立てる前に 天を空を仰ぐがいい
君は まだまだ青い雨蛙なんだよ
天の高さを知りたまえ
名前無しは便利だね
名前無し 顔無しの世界で
愛情不足で育ったと 丸出しの
我の雨を降らす前に
名前無しの君へ
令和6年9月28日
心幸
秋🍁
秋恋、秋🍁次は、秋風、秋雨、秋空、秋🍂とか?
ひつこいー(笑)
そこまで来ると、ストーカーか、カスタマーハラスメントのチンピラ並みのひつこさだけど、ご生憎さまキモイやつヤベー奴に、腐れ外道には用はない(笑)分かるわよ、あなたなんて50∥80問題か窓から満月見上げて毒薬でも作ってる孤独レンジャーだって(笑)
秋は美しくて物憂げだけど、あなたは空っぽよ
秋風に一層してほしいもの、それはあなたよ。
でも、大丈夫よ、あなたをそう思っているのはわたしとわたしの周りの幾人かと、あなたの周りの幾人かだから、嫌われてるに拘らず好きに拘ってみたら(笑)
令和6年9月26日
心幸
窓から見える景色
季節は足早に別れを告げて、お彼岸を過ぎてから、あれほど強かった夏の光が弱まり涼やかな風を運んで来た。窓から見える景色もどこか寂しげな哀愁をおびた秋の空は、まるで忘却を誘うように佇む私の頬を撫でる。
この季節になると想出されることがある。
あれは、息子がまだ小学低学年の頃だった、息子のクラスメートの女の子が闘病の末に身罷られた、逆縁の小さな棺の置かれた葬儀に小さな息子の手を引いて参列させていただいた。
小さなクラスメートのお友達たちは小さな手を合わせて、その子水穂ちゃん(仮名)の旅立ちに手を合わせた。ご両親は精一杯気丈に振る舞い、子供たち一人ひとりに「今日は来てやってくれて有り難う」と頭を垂れていた、その姿が初秋の霧雨の中くっきりと浮かんでいた。
それから、暫くして水穂ちゃんの死も落ち着いたかと思っていた矢先、問題は起きた、同級生で、いちばんはじめに旅立ち、ご両親をも飛び越えて飛び立ってしまった水穂ちゃんの闘病を支えた、いちばん近くにいた親友咲ちゃん(仮名)が、まだ親友との別れが胸にズッシリとあった頃の話だ。
ある日、咲ちゃんは、まだ担任の先生が気遣って、そのままにしていた水穂ちゃんが、使っていた机の上に花瓶にお花を立てて置いていた。咲ちゃんは、何時も花瓶の水をかえていてくれていた、その日もそんなことをして、咲ちゃんはクラスメートに「昨日水穂ちゃんが、夢に出て来て有り難うって言われた」と話していた、それを聞いていたクラスの一軍気取り女子三人人が、「水穂ちゃんの呪いだ、怖い怖い」と囃し立てた、咲ちゃんは、まるで自分が水穂ちゃんに悪いことをしてしまったようだと思って泣き出してしまい、そして次の日から学校に来なくなってしまいました。この話題はその後、PTAを巻き込む大問題になったのでした。
咲ちゃんの父親は娘の優しさを傷つけたクラスの一軍気取り女子たちの謝罪とその親の謝罪を要求しました。
私は、ことの次第を息子からだいたい聞いていたので、「呪いだ!」と囃し立てた一軍気取り女子の親も直ぐに咲ちゃんに謝罪するだろうと思っていたら違った、何故だか保護者会が招集され、一軍気取り女子の母親三人は何が悪いのか分からない様子で、娘の「呪い」話は、教室に何時までも水穂ちゃんの机を置き花を飾ったりする行為が子供たちを怖がらせストレスになっているからだと開き直り、果ては水穂ちゃんを責めた。
開いた口が塞がらなかった、なるほど、鬼の子は鬼子か?背筋が寒くなった。
私は。思わず口をついて言葉が出た、「先生、こんなことで呼び出さないで下さい、先生が水穂ちゃんの死に、それを悼んだ優しい咲ちゃんに、この、ぶーぅ、ふーぅ、うーぅの三バカさんを連れて謝罪に行けば、済む話では?」と言ってしまったのだ(笑)
結局、一軍気取り女子は、親を伴い咲ちゃんの自宅に謝罪に行きました、何とか咲ちゃんはクラスに戻り、息子はじめクラスメートに守られクラスに馴染んで行きました。一軍気取り女子たちは、執念深い嫌がらせをしましたが、所詮、嫌らしい復讐心や妬みや承認欲求の捌け口では、一軍は圏外に落ちてしまいます。
鬼の子は鬼子、親が親なら、、子供は正直です、きっと親が「呪い」なんて言葉を平気で使い、死者に鞭打つことも平気で出来る人なのだろうと思いました。全くお里が知れる話としか言いようがない、どんなブランドで着飾っても心の卑しさは隠せないということか、それは、上面の行儀良さや、気取った所作や言葉よりも人の値打ちを表す、「大切なものは目に見え無い、形の無いものだから」
子は親を写す鏡、気をつけなければならないと自戒した出来事でした。
あれから、何年も経ち、その息子も親になり優しい咲ちゃんは看護師さんになられたそうだ。
息子たちと同い年の水穂ちゃんも、何歳だねと、窓から見える景色が、夏から秋に変わるこの季節になると、あの小さかった棺と、ご両親の背中を想出します、、、合掌
令和6年9月25日
心幸
形の無いもの
「大切なものは目に見えない」と狐が言った。
心で見なければものごとはよく見えないってこと。大切なことは目に見えないんだ。砂漠を旅する王子は知った。
そこに咲く薔薇が美しいのは、誰かが大切に時間をかけて育てたからこそ、その薔薇は美しく大切にされるんだよ、だから嘘でも大切に育てられた薔薇だと自分に魔法をかけるんだ、反面教師だなんて浅くて安っぽい言葉で自分を産み育てた人を蔑むことは、自分を蔑むことさ。
問題は、大人になることじゃない、忘れることだ。
星が美しいのは、ここからは見えない花が、また誰かが自分と同じ様に、あの星のどこかで懸命に咲かせた花が咲いているからだね、命とはそういうものさ。
君はまだ、その命の反面しか見ていない、見ているのは、君の目と君の心、見つけるのも君の目と君の心、それらは何処から来たの、君の命は何処から来たの?
この砂漠が美しいのは、何処かに輝く井戸を隠し持っているからだ。
そして、いつも狐が言った、大切なものは目に見え無い、肝心なことは目に見えないにまた戻る、すべてのはじまりが、そこだからだ。
目に見えるものを追いかけることは、とても容易い、例えば富や名声やお金それで買えるいくつかのブランド品。けれどそれらは欲や見栄は満たしてくれても、情や愛は満たしてくれない。
得てして幸せそうにしているのは、欲や見栄を持たない人で、不幸せそうにして苦しんでいるのは、欲や見栄や体裁に拘る人だ。賢い人は気づいてはいるが、それが止められない、それが欲望というやつだから。
王子は広い砂漠を旅して気づいたことを日記に綴った。そしていつも狐が言った「大切なものは目に見えない、形の無いものだ」ということを刻んで、今日もまた砂漠に眠る井戸を探しそこに湧く水の輝きを探し、誰かが種を蒔き大切に水を与え育てた薔薇を探す旅を続ける。
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
「星の王子さま」
抜粋、我流解釈(笑)
解釈を自分でし自分の世界に取り入れることを学ぶ大人のための名作童話。
大切なことは目に見え無い、形の無いもの、そして、自分で探し見つけるもの、星の王子さまのように。
令和6年9月24日
心幸
ジャングルジム
夕陽を浴びて、ひとりジャングルジムの天辺に腰掛け夕暮れの空を見つめている男の子に出会った、それが4歳の息子でした。
なぜか、胸が締め付けられるような、懐かしい自分に出会った様な、まさに昨日の夜の逆行だった。ここにもまた、20年ほど時を遡り逆行転生を見た女がいました。
なぜだか女は、その子がそこでそうして空を見上げている気持ちに共鳴出来たのでした、理由は分かりすぎています、自分も同じことをしたから。高い場所で、空を見上げるのは少しでもお母さんに近づきたいから。
誰も迎えに来ないと分かっている公園で
その時、自分には高く大きく見えたジャングルジムの天辺で、自分には広く広く見えた自分のいる場所から見える天。
井の中の蛙はまだ大海を知らず、静かな夕陽に母の面影を描いていた、天は高く澄んでいた。
そうだ、私はこの子の根っ子になりたい、そう思った、けれど逆だった、それから30数年私を大地に立たせ根っ子になったのは、夕焼けの男の子それが息子との縁でした。
早いもので、あれから30数年の時が経ち、今ようやく、息子が自分の子を抱いてジャングルジムで遊ばせる姿を見て、あのジャングルジムの天辺で夕焼け空に、実母の顔を思い描いていたであろう男の子に言えるのです。
「頑張ったね、ありがとう」そしてあの子が描いていたお母さんの顔の人に、「あなたの、目に手になれましたか?選んでくれてありがとう」と言えるのです。
神様、時間をありがとう
令和6年9月23日
心幸