窓越しに見えるのは
窓越しに見えたのは明けくる
あなたのいない朝でした
あなたは私が泣かないように怖がらないように微笑んで眠っていました
深い深い眠りの奥でどんな夢を見ているの?
呼んでももう目覚めないの?
最後に笑顔を遺してくれたのは
深い深い愛だと気づいていました
私は本当に愛されていました
私もそんな風に逝きたいと思います
最後にあなたは笑顔という躾を
私に遺してくれました
泣いても
怒っても
苦しんでも
傷ついて
疲れても
最後は笑顔
私のあなたは最後に笑う
私が貰った躾糸守りたいと思います
窓越しに見えたのは明けくる
あなたのいない朝でした
2024年7月1日
心幸
赤い糸
運命の赤い糸と言えば大映ドラマ赤いシリーズ
赤いシリーズは第一作から第九作まで。
「赤い迷路」
「赤い疑惑」
「赤い運命」
「赤い衝撃」
「赤い激流」
「赤い絆」
「赤い激突」
「赤い嵐」
「赤い魂」
みんな翻弄されながら赤い糸を探す、お話なのだけれど、そのものズバリ「赤い糸」はタイトルにない。何故かと言えば赤いシリーズは山口百恵で有名だが本来田宮二郎の白いシリーズと宇津井健の赤いシリーズで始まった。
スポンサーはサントリーで赤と白はワインを表す。
赤いシリーズの方が白いシリーズよりも長かった白いシリーズで全6作有名なのは最後の作品「白い巨塔」で「白い巨塔」まではTBS系列放送だった…ってオタクモード全開なのだが、1970年代後半は山口百恵と赤いシリーズ一色でした。
親には「意味わかるのか?」と笑われながらも
ビデオのない時代頑張って金曜夜9時を心待ちにしたものです。
始まったのは、1974年で当時まだ小学低学年生だったから寝落ちする危険はあった、子供だからねぇ、良い子は夜9時過ぎには寝落ちしちゃうのよ朝までぐっすりね、途中で起きて騒いでももう遅いねやです。だって携帯もSNSの見逃し配信もビデオだって無い時代だから、寝落ちして目覚めたら泣です、SNSで文句投稿してる馬鹿騒ぎも無い時代、明日の友達たちの話題について行けないわ〜と嘆き悲しむのでありました。
そんな私の赤いシリーズ1番好きなのは「赤い運命」でした。
「赤い運命」は恋人同士の運命の赤い糸ではなく、父と娘の物語でした。
三國連太郎さんと宇津井健さん二人の父親の物語でもありました。
続く「赤い衝撃」も中條静夫さん演じる父親と草笛光子さん演じる母親の物語の方が面白かったのですが…。
赤いシリーズを観ていると昭和のドラマは人間関係が濃いよねと思います。
そして、なにより若手ばかりでなく各年齢層の役者が出演していて物語に厚みがあったなと思います。
今夜は趣味の世界について書いてみました。
2024年6月30日
心幸
入道雲
入道雲が空に浮かぶ朝は夏休み。
ラジオ体操が終わり家路につく頃には蝉の声が入道雲から聞こえてくるようだ。
1日の始まり。
3人の仲良しさんが自転車に乗りやって来た駄菓子屋の前。
ショートカットの痩せっぽちポパイの恋人のオリーブに似ているからあだ名はオリーブそれがわたし。おかっぱ頭の一見無口で大人しそうなけれど意志の強い黒曜石のような瞳をしているおませな女の子が高校時代裏番と言われたりっこちゃんでもまだこの時は小学3年生の頃の話。三つ編みに眼鏡の優等生の町内会長のお嬢さんのみっちゃん3人の仲良しさんは今日も駄菓子屋の前でゴム跳び。
入道雲はどんどん大きくなり日差しも力を増して来た、それでも今よりは柔らかい夏何故なら周りに緑と水があったから。
その日もお昼近くまでゴム跳びしたり石蹴りしたりして遊んだ。お昼は、おばあちゃんが冷やし中華をご馳走してくれた。みんな親たちが共働きだったから、おばあちゃんは3人まとめて面倒を見てくれていた。お昼ご飯が済んだら一応夏休みの宿題を早目に切り上げて学校のプールに行く入道雲は手の届きそうなところにまで来ていた。
プールが終わるとお家に帰ります、カルピスを飲みながら夏休み子ども劇場を観てお昼寝から目覚めると近所の憧れのお姉ちゃんが帰って来たから遊びに行く、鬱陶しくつきまといお姉ちゃんのやっていること言っていることを真似る少し大人になった気分になる。それから夕方までお姉ちゃんとお喋りをして、夏休みの夕方は習い始めた剣道教室へ行く週に2回は剣道教室と空手教室にも通っていた、当時は兎に角強くなりたかった。
そうして、入道雲も真っ赤に染まる頃長かった1日もようやく終わろうとしていた。
「ただいまー」
「おかえり」
母の声と晩御飯の匂いが迎えてくれた。
入道雲は
「また、あしたー」
と言いながら、空の向こうに消えて行く
そんな日が永遠に続くと思っていた。
9歳の夏休みと入道雲。
2024年6月29日
心幸
夏
夏は夜…はじめから四季折々
春は、あけぼの。
やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる。
夏は、夜。
月のころは、さらなり
闇もなほ
蛍のおほく飛びちがいたる、また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光て行くも、をかし。
秋は、夕ぐれ
夕日のさして、山のはいと近うなりたるに、烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ、三つなど、飛びいそぐさへ、あはれなり。
まいて、雁などの列ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。
日入りはてて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。
冬は、つとめて。
雪の降りたるは、いふべきにもあらず。
霜のいと白いも。
また、さらでもいと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるも、いとつきづきし。
昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。
枕草子
清少納言
今っぽくしてみました。
春は、夜明けがいいー
だんだんと白くなってゆく山際の空が、少し明るくなって、紫がかった雲が、細くたなびいているのを見るのが好き。
夏は、夜がいいー
月の明るいころは、言うまでもなく。
月のない時もまたいい。
蛍がたくさん乱れ飛んでいるのや、また、たくさん飛んでいなくても、ほんの一匹二匹と、ほのかに光って飛んでいるのも、雨が降ってもいいものである。
秋は、夕ぐれがいいー
夕日が映えて、山の端にぐっと近づいたころに、烏が巣に帰ろうとして、三羽四羽、二羽、三羽と、飛びいそいでいる様子が心ひかれる。
それに、雁などが列をつくって飛んでいる様子が、とても小さく見えるのがとても好き。
日が沈んでしまって、聞こえてくる風の音や、虫の声なども、とても好き。
冬は早朝がいいー
雪が降っている朝も 朝に霜が真っ白におりたのもいい。
また、雪や霜がなくてもとても寒い朝に、火を急いで起こして、部屋へ炭を持って行くのも、冬らしくていい。
昼になって、薄ら暖かくなると、丸火桶の火も、白い灰になってしまっている…。
清少納言さんは洞察力が優れているな~と何時も読むたび思います。
日本の四季折々を楽しもうとして見ている視点に共感し日本人としての喜びを感じます。
1000年前の季節を楽しもうとする姿を通して、なんでも愛しみ愛で楽しもうとして視る目を持ちたいと思わされます。
そのものが好きでも嫌いでも、合っても合わなくても、楽しもう愛しみ愛でようとする気持ちがあれば、自然言葉も視線も愛敬のある言い様見様に変わるのであるのでしょう。
ものは言い様見様ですよね、清少納言様。
私は、夏の早い朝の
少しひんやりとした空気を感じる
新聞配達の音が遠くに聞こえる
時間が好きです。
2024年6月28日
心幸
ここではないどこか
ここではないどこかを旅してきました
ここではないどこかを旅してみたかった
ここではないどこかを旅することは…
自分を失くしてしまうことではないかと
寂しくてたまらなかった夜がありました
電話口風邪はひいていないか
お金は足りているのか
そう聞くあなたに
「大丈夫」と言うのが
精一杯でした
布団かぶって泣いた夜
故郷の静かな海の夢を見ました
やっぱり 最後あの場所に還りたい
そう思う 今日此の頃です
あなたの眠る
父母の眠る
静かな海の見える
あの場所に
ここではないどこかを求める旅は
そこしかないあの場所を知る旅でした
今は 遠く離れています
でも、片道3時間くらいです
それより遠くに行けない
それが精一杯でした
笑ってしまいます
ここではないどこかを夢見たわ
そこしかない故郷を知るために
私のことが分かるように
今はこの街で生きます
きっと 還ります
そこにしかいないと分かる
あなたたちと眠るために
きっと 還ります
2024年6月27日
心幸