入道雲
入道雲が空に浮かぶ朝は夏休み。
ラジオ体操が終わり家路につく頃には蝉の声が入道雲から聞こえてくるようだ。
1日の始まり。
3人の仲良しさんが自転車に乗りやって来た駄菓子屋の前。
ショートカットの痩せっぽちポパイの恋人のオリーブに似ているからあだ名はオリーブそれがわたし。おかっぱ頭の一見無口で大人しそうなけれど意志の強い黒曜石のような瞳をしているおませな女の子が高校時代裏番と言われたりっこちゃんでもまだこの時は小学3年生の頃の話。三つ編みに眼鏡の優等生の町内会長のお嬢さんのみっちゃん3人の仲良しさんは今日も駄菓子屋の前でゴム跳び。
入道雲はどんどん大きくなり日差しも力を増して来た、それでも今よりは柔らかい夏何故なら周りに緑と水があったから。
その日もお昼近くまでゴム跳びしたり石蹴りしたりして遊んだ。お昼は、おばあちゃんが冷やし中華をご馳走してくれた。みんな親たちが共働きだったから、おばあちゃんは3人まとめて面倒を見てくれていた。お昼ご飯が済んだら一応夏休みの宿題を早目に切り上げて学校のプールに行く入道雲は手の届きそうなところにまで来ていた。
プールが終わるとお家に帰ります、カルピスを飲みながら夏休み子ども劇場を観てお昼寝から目覚めると近所の憧れのお姉ちゃんが帰って来たから遊びに行く、鬱陶しくつきまといお姉ちゃんのやっていること言っていることを真似る少し大人になった気分になる。それから夕方までお姉ちゃんとお喋りをして、夏休みの夕方は習い始めた剣道教室へ行く週に2回は剣道教室と空手教室にも通っていた、当時は兎に角強くなりたかった。
そうして、入道雲も真っ赤に染まる頃長かった1日もようやく終わろうとしていた。
「ただいまー」
「おかえり」
母の声と晩御飯の匂いが迎えてくれた。
入道雲は
「また、あしたー」
と言いながら、空の向こうに消えて行く
そんな日が永遠に続くと思っていた。
9歳の夏休みと入道雲。
2024年6月29日
心幸
夏
夏は夜…はじめから四季折々
春は、あけぼの。
やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる。
夏は、夜。
月のころは、さらなり
闇もなほ
蛍のおほく飛びちがいたる、また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光て行くも、をかし。
秋は、夕ぐれ
夕日のさして、山のはいと近うなりたるに、烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ、三つなど、飛びいそぐさへ、あはれなり。
まいて、雁などの列ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。
日入りはてて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。
冬は、つとめて。
雪の降りたるは、いふべきにもあらず。
霜のいと白いも。
また、さらでもいと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるも、いとつきづきし。
昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。
枕草子
清少納言
今っぽくしてみました。
春は、夜明けがいいー
だんだんと白くなってゆく山際の空が、少し明るくなって、紫がかった雲が、細くたなびいているのを見るのが好き。
夏は、夜がいいー
月の明るいころは、言うまでもなく。
月のない時もまたいい。
蛍がたくさん乱れ飛んでいるのや、また、たくさん飛んでいなくても、ほんの一匹二匹と、ほのかに光って飛んでいるのも、雨が降ってもいいものである。
秋は、夕ぐれがいいー
夕日が映えて、山の端にぐっと近づいたころに、烏が巣に帰ろうとして、三羽四羽、二羽、三羽と、飛びいそいでいる様子が心ひかれる。
それに、雁などが列をつくって飛んでいる様子が、とても小さく見えるのがとても好き。
日が沈んでしまって、聞こえてくる風の音や、虫の声なども、とても好き。
冬は早朝がいいー
雪が降っている朝も 朝に霜が真っ白におりたのもいい。
また、雪や霜がなくてもとても寒い朝に、火を急いで起こして、部屋へ炭を持って行くのも、冬らしくていい。
昼になって、薄ら暖かくなると、丸火桶の火も、白い灰になってしまっている…。
清少納言さんは洞察力が優れているな~と何時も読むたび思います。
日本の四季折々を楽しもうとして見ている視点に共感し日本人としての喜びを感じます。
1000年前の季節を楽しもうとする姿を通して、なんでも愛しみ愛で楽しもうとして視る目を持ちたいと思わされます。
そのものが好きでも嫌いでも、合っても合わなくても、楽しもう愛しみ愛でようとする気持ちがあれば、自然言葉も視線も愛敬のある言い様見様に変わるのであるのでしょう。
ものは言い様見様ですよね、清少納言様。
私は、夏の早い朝の
少しひんやりとした空気を感じる
新聞配達の音が遠くに聞こえる
時間が好きです。
2024年6月28日
心幸
ここではないどこか
ここではないどこかを旅してきました
ここではないどこかを旅してみたかった
ここではないどこかを旅することは…
自分を失くしてしまうことではないかと
寂しくてたまらなかった夜がありました
電話口風邪はひいていないか
お金は足りているのか
そう聞くあなたに
「大丈夫」と言うのが
精一杯でした
布団かぶって泣いた夜
故郷の静かな海の夢を見ました
やっぱり 最後あの場所に還りたい
そう思う 今日此の頃です
あなたの眠る
父母の眠る
静かな海の見える
あの場所に
ここではないどこかを求める旅は
そこしかないあの場所を知る旅でした
今は 遠く離れています
でも、片道3時間くらいです
それより遠くに行けない
それが精一杯でした
笑ってしまいます
ここではないどこかを夢見たわ
そこしかない故郷を知るために
私のことが分かるように
今はこの街で生きます
きっと 還ります
そこにしかいないと分かる
あなたたちと眠るために
きっと 還ります
2024年6月27日
心幸
君と最後に会った日
君と最後に会った日、夏休みの終わり駅まで送った君は大きく手を振っていたね、今も目に浮かぶよ。
あの駅から、君の住む街に花嫁は行くのが夢でした。二人の未来予想図は予想図のまま仕舞われたね。
君の住む街はあまりに遠くて、花嫁は臆病で飛び込めませんでした。故郷がどんどん遠くなって行くことが、アイデンティティを失い迷子になってしまいそうで…。
根無し草になってしまいそうで不安でした。
いつも、そんな不安を抱えていた花嫁でした。
「お前の根っ子になってやるよ」
そう、言ってくれたのは…君じゃなかった。
それは、臆病者の言い訳なのかも知れない。
君と最後に会ったのは夏の終わり。
またねって手を振っていた、それから花嫁はベールをとりました決心して涙を拭い、君の面影にそのベールをかけて、心の奥の引き出しに仕舞いました。
「ありがとうあなた、ごめんなさい未来予想図は叶えられそうにありません、許してとは言いません、どうかどうかじゃなかった人生で私より幸せになってください」花嫁はそう認めた手紙を握りしめ破り捨てた。
それが花嫁の決心だった、意気地のないこの花嫁を君はどうぞ恨んでください。やがて忘れ去るくらいきっときっと幸せになってください。
じゃなかった方の人生で笑っていてください。
花嫁は、君のために着た白いドレスを脱ぎ涙で濡れたベールと共にクローゼットの奥深く眠らせました。
君と最後に会った日は青春という真夏の終わりでした。
2024年6月26日
心幸
繊細な花
繊細な花はひっそりと山間の崖っぷちなんかにそこを選んで咲いているから、桜のように華麗でも大輪の向日葵のように大胆でもない牡丹でも杓凪華でもカサブランカでもましてや薔薇でもない。小さなカタバミの花のような花だ。
けれど、そんな花は実は強い…雑草は強いから繊細で逞しくそして美しい。
花も人と同じで結局命を咲かせたものは繊細な顔していても実は、DNA戦争を勝ち抜いた猛者たちである。
私は僕は繊細ですは大嘘です。
私もあなたも父の体から発射した瞬間から生存競争を戦い抜き勝利し母の子宮に辿り着き迎え入れられた選ばれし猛者です。
その時点で繊細な何億というオタマジャクシの兄弟姉妹たちを殺して命を受けました。
そのことを自覚すれば、自己申告の繊細さんの図々しさを思い知ることと同時に、何億分の1の奇跡を乗せたこのからだに宿る命に畏敬の念を感じたいですね。
花も命も繊細なふりして実は、DNA戦争を勝ち抜いた猛者たちであるのだから、結構強いと高を括って怖がらずに生きて大丈夫。
むしろ自己申告で繊細だー繊細だー傷ついたと言う図々しさを笑いたいと私は思う。
2024年6月26日
心幸