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6/28/2024, 2:34:17 AM

ここではないどこか

ここではないどこかを旅してきました
ここではないどこかを旅してみたかった
ここではないどこかを旅することは…

自分を失くしてしまうことではないかと
寂しくてたまらなかった夜がありました
電話口風邪はひいていないか 
お金は足りているのか
そう聞くあなたに
「大丈夫」と言うのが
精一杯でした
布団かぶって泣いた夜
故郷の静かな海の夢を見ました

やっぱり 最後あの場所に還りたい
そう思う 今日此の頃です

あなたの眠る
父母の眠る

静かな海の見える 
あの場所に

ここではないどこかを求める旅は
そこしかないあの場所を知る旅でした

今は 遠く離れています
でも、片道3時間くらいです
それより遠くに行けない
それが精一杯でした

笑ってしまいます

ここではないどこかを夢見たわ
そこしかない故郷を知るために

私のことが分かるように
今はこの街で生きます
きっと 還ります

そこにしかいないと分かる
あなたたちと眠るために
きっと 還ります

2024年6月27日

心幸

6/26/2024, 1:21:17 PM

君と最後に会った日

君と最後に会った日、夏休みの終わり駅まで送った君は大きく手を振っていたね、今も目に浮かぶよ。

あの駅から、君の住む街に花嫁は行くのが夢でした。二人の未来予想図は予想図のまま仕舞われたね。

君の住む街はあまりに遠くて、花嫁は臆病で飛び込めませんでした。故郷がどんどん遠くなって行くことが、アイデンティティを失い迷子になってしまいそうで…。
根無し草になってしまいそうで不安でした。

いつも、そんな不安を抱えていた花嫁でした。

「お前の根っ子になってやるよ」

そう、言ってくれたのは…君じゃなかった。

それは、臆病者の言い訳なのかも知れない。

君と最後に会ったのは夏の終わり。

またねって手を振っていた、それから花嫁はベールをとりました決心して涙を拭い、君の面影にそのベールをかけて、心の奥の引き出しに仕舞いました。

「ありがとうあなた、ごめんなさい未来予想図は叶えられそうにありません、許してとは言いません、どうかどうかじゃなかった人生で私より幸せになってください」花嫁はそう認めた手紙を握りしめ破り捨てた。

それが花嫁の決心だった、意気地のないこの花嫁を君はどうぞ恨んでください。やがて忘れ去るくらいきっときっと幸せになってください。

じゃなかった方の人生で笑っていてください。

花嫁は、君のために着た白いドレスを脱ぎ涙で濡れたベールと共にクローゼットの奥深く眠らせました。

君と最後に会った日は青春という真夏の終わりでした。


2024年6月26日


心幸




6/25/2024, 3:17:05 PM

繊細な花

繊細な花はひっそりと山間の崖っぷちなんかにそこを選んで咲いているから、桜のように華麗でも大輪の向日葵のように大胆でもない牡丹でも杓凪華でもカサブランカでもましてや薔薇でもない。小さなカタバミの花のような花だ。
けれど、そんな花は実は強い…雑草は強いから繊細で逞しくそして美しい。

花も人と同じで結局命を咲かせたものは繊細な顔していても実は、DNA戦争を勝ち抜いた猛者たちである。

私は僕は繊細ですは大嘘です。
私もあなたも父の体から発射した瞬間から生存競争を戦い抜き勝利し母の子宮に辿り着き迎え入れられた選ばれし猛者です。

その時点で繊細な何億というオタマジャクシの兄弟姉妹たちを殺して命を受けました。

そのことを自覚すれば、自己申告の繊細さんの図々しさを思い知ることと同時に、何億分の1の奇跡を乗せたこのからだに宿る命に畏敬の念を感じたいですね。

花も命も繊細なふりして実は、DNA戦争を勝ち抜いた猛者たちであるのだから、結構強いと高を括って怖がらずに生きて大丈夫。

むしろ自己申告で繊細だー繊細だー傷ついたと言う図々しさを笑いたいと私は思う。

2024年6月26日

心幸



6/24/2024, 2:09:49 PM

1年後

1年後戦後80年を迎えます。

彼女は彼と別れた海に立ち「喜びも悲しみも、もうお腹いっぱいです、そろそろ会いに行きます」と片靨を凹ませ悪戯ぽく微笑んだ、それは悪戯と言えばあまりに酷い仕打ちのような試練の日々を振り返り、それでも彼女は彼と出会えた奇跡をこの海辺の時間を彼女の人生最大の喜びとして、最後の場所に選んだのであった。

80年前20歳を迎えたばかりの彼女は未亡人となった。結婚生活は僅か明日には出征するという彼に想いをぶつけ彼女は押しかけ女房のようにその当時の娘さんでは想像もつかない逆プロポーズをして嫁入りした。彼と彼女は幼馴染で遠縁にあたった、そんな気安さから3歳歳下の彼女は彼を兄のように慕っていた。

綺麗な絵を描く物憂げな優しい青年に成長した彼はとてもとても戦場で人を殺せるような青年ではないと彼の母も彼女も知っていた。けれど時代はようしゃなく彼をさらいにやって来た。

浜を見下ろす高台で何時ものように絵を描く彼の元に近所の親父がやって来て、直ぐに家に帰れと告げた。敷居を跨ぐと姉さん被りに割烹着姿の母が彼に召集令状を手渡した「おめでとうかございます」と言う母の声が震えていた。

まだ十代の小娘であった彼女は、彼の後を走ってついて来てその知らせを聞いたのである。その日から彼女の眠れない日々は続き、ついに彼女は彼の気持ちを確かめるより先に、自分の気持ちを両親に熱心に告げ、彼の元に来たのであった。

結婚生活二人が夫婦として過ごした日々は極僅か、変わりに戦地から日を置かずして便りが届いた。そんな僅かな逢瀬の結婚生活の中で彼女は身籠り、彼は外地へと旅立った。

「必ず…勝つ」よりも互いに告げたかった想いは胸の奥に仕舞われたが、認められた文字の行間からは互いの気持ちが手にとるように伝わった。

最後の手紙にも「何もしてやれずにすまない、行って来る」と日常の他愛もない言葉の最後に〆られていた。

80年前のあの日、突っ伏して彼女は戦争が終わったことを聞いた。背中には彼との子供がスヤスヤと寝息をたてていた。彼女は突っ伏して彼から届いた何通もの手紙を抱いて泣きくれた。

そして、彼からの手紙を握りしめ彼に誓った

「あなた、私は負けませんこの子にひもじい思いをさせません、その為に私はあなたを裏切ります、けれど生きぬいてみせます」

彼女はそう誓い、売れるものは全て売るそんな女になりました。進駐軍のオンリーもヤクザ者の囲われも、そうして流れ流れついてあの人生で最高に幸せだった頃に住んでいた街を偲ばせる海辺の街で小さなスナックをしていました。

子供も大人になり手元を離れても、彼女は誰を求めることもなく、一人暮らし店で何処で覚えたのかジャズのスタンダードを弾き語り漁師相手に酒を飲むのでした。

夜はしたたかに酔い、朝日を避けるように家路につき、また夕暮れ時に浜辺を歩いて店に来る。

そんな静かな生活をようやく彼女は手に入れて
自由に蝶が舞うように生き、今この家に辿り着きました。

彼女は日常のほとんどのことが出来なくなり、新しい人の名前は覚えられず古い記憶も薄ぼんやりとするのでした。それでもはっきりと覚えているのは彼と歩いた砂浜の感触とあの日彼との子供を背に背負ったその重みと彼と交わした手紙の言葉と彼に誓った約束でした。

彼女は今彼からの手紙を胸に微笑みながら彼を待っています。

1年後80年目の夏、彼女は100歳を迎えます。

永遠の愛を君に。

2024年6月24日

心幸


繊細な花 パート2

昨夜のお題があまりに気持ち悪かったので2つ目を書く。

花は自分で自分を美しいだとか豪華だとか華麗だとか優美だとか、「繊細だ」とか「優しくありたい」とか「清らかだ」とか「真っ直ぐ」だとか
「癒してあげよう」とか「寄り添ってあげよう」だとか言わないし自分を称さない。

懸命に置かれた場所に咲くただ花は花として咲く黙ってだからこそ人の心に寄り添い癒やし優美で繊細な美しさの中に凛として真っ直ぐで清らかな優しさを、私たち人間は感じるのであり
花のようにありたければ、自ら水を与えて下さいだとか、私は優美で可憐で繊細な花です。懸命に咲く清らかで真っ直ぐな優しくありたい花です、癒やしてあげましょう、寄り添ってあげようなんて言わないのよ(笑)
だから繊細なんでしょ。

言ったとたんに、金色に煌めく馬車はカボチャになると知っているのよ、懸命に咲く賢明な花たちは。

2024年6月27日

心幸

6/23/2024, 2:50:33 PM

子供の頃は

1966年生まれの丙午。
だいたい、人生で起きる荒波はこの干支のせいにして生きてゆく丙午の女。

さくらももこは1学年上の先輩で、まるちゃんの親父ひろしは昭和の9年生まれで、うちの父親は昭和の8年生まれで黒柳徹子さんと同学年だから酉年で朝から喧しかった。じいちゃんもばあちゃんも明治生まれだけど友蔵さんやこたけさんより歳下だった…と、まあ「ちびまる」を観ていると子供の頃のことを思い出す人は同年代には少なくないはずだ。

どちらかと言えばまる子タイプじいちゃんばあちゃんが大好きだったのも空想好きな変人気質も似ているなと笑わされる。たまちゃんのような親友がいて、野口さんのような親友もいた。

父方のばあちゃんは、みつやのような駄菓子屋を営んでいて、毎日店前で遊んでいた。

その昔映画が活動写真って言った頃に、ちょとの間女優をやっていたばあちゃんは漁師町のばあちゃんとは違った雰囲気だった。背も高く細くて手足が長く、歳をとっても背筋がしゃんとしていた。

ばあちゃんはとても厳しい人だった。

その駄菓子屋の店前でゴム跳びを、たまちゃんのような親友と、野口さんのような親友としていた頃から数年後父も母も亡くしてしまうので
このばあちゃんに引き取られて暮らす訳だけど、まだ、店前でゴム跳びをしていた子供の頃は、ばあちゃんが焼いてくれるイカ焼きが楽しみで毎日学校が終わると通っていた。

自転車のハンドルにレインボーカラーのリボンをつけて3人で走っていた。

たまちゃんに似た子はお嬢さんで高学年になると遊ばなくなった。

野口さんに似ている子とは、馬が合って高校卒業するまで、寄っちゃーくだらないことを言い合っていた。

友達はレストランのバイトのように入れ替わったが、あの自転車に揃いのリボンをつけて走り回り、駄菓子屋の店前でゴム跳びをし、ばあちゃんの焼いてくれたイカ焼きを食べて、三ツ矢ソーダを飲みながら店の中にあるテレビで夕方にやってくるドラマの再放送を一緒に観て、茜色に染まる空に向かうようにまた自転車を走らせる。

「また、明日ねバイバーイ」と手をふり合った
あの一瞬のような屈託のない子供の頃に持った友達には出会えていないような気がする。

あの、子供の頃は大切な宝物

2024年6月23日

心幸


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