1年後
1年後戦後80年を迎えます。
彼女は彼と別れた海に立ち「喜びも悲しみも、もうお腹いっぱいです、そろそろ会いに行きます」と片靨を凹ませ悪戯ぽく微笑んだ、それは悪戯と言えばあまりに酷い仕打ちのような試練の日々を振り返り、それでも彼女は彼と出会えた奇跡をこの海辺の時間を彼女の人生最大の喜びとして、最後の場所に選んだのであった。
80年前20歳を迎えたばかりの彼女は未亡人となった。結婚生活は僅か明日には出征するという彼に想いをぶつけ彼女は押しかけ女房のようにその当時の娘さんでは想像もつかない逆プロポーズをして嫁入りした。彼と彼女は幼馴染で遠縁にあたった、そんな気安さから3歳歳下の彼女は彼を兄のように慕っていた。
綺麗な絵を描く物憂げな優しい青年に成長した彼はとてもとても戦場で人を殺せるような青年ではないと彼の母も彼女も知っていた。けれど時代はようしゃなく彼をさらいにやって来た。
浜を見下ろす高台で何時ものように絵を描く彼の元に近所の親父がやって来て、直ぐに家に帰れと告げた。敷居を跨ぐと姉さん被りに割烹着姿の母が彼に召集令状を手渡した「おめでとうかございます」と言う母の声が震えていた。
まだ十代の小娘であった彼女は、彼の後を走ってついて来てその知らせを聞いたのである。その日から彼女の眠れない日々は続き、ついに彼女は彼の気持ちを確かめるより先に、自分の気持ちを両親に熱心に告げ、彼の元に来たのであった。
結婚生活二人が夫婦として過ごした日々は極僅か、変わりに戦地から日を置かずして便りが届いた。そんな僅かな逢瀬の結婚生活の中で彼女は身籠り、彼は外地へと旅立った。
「必ず…勝つ」よりも互いに告げたかった想いは胸の奥に仕舞われたが、認められた文字の行間からは互いの気持ちが手にとるように伝わった。
最後の手紙にも「何もしてやれずにすまない、行って来る」と日常の他愛もない言葉の最後に〆られていた。
80年前のあの日、突っ伏して彼女は戦争が終わったことを聞いた。背中には彼との子供がスヤスヤと寝息をたてていた。彼女は突っ伏して彼から届いた何通もの手紙を抱いて泣きくれた。
そして、彼からの手紙を握りしめ彼に誓った
「あなた、私は負けませんこの子にひもじい思いをさせません、その為に私はあなたを裏切ります、けれど生きぬいてみせます」
彼女はそう誓い、売れるものは全て売るそんな女になりました。進駐軍のオンリーもヤクザ者の囲われも、そうして流れ流れついてあの人生で最高に幸せだった頃に住んでいた街を偲ばせる海辺の街で小さなスナックをしていました。
子供も大人になり手元を離れても、彼女は誰を求めることもなく、一人暮らし店で何処で覚えたのかジャズのスタンダードを弾き語り漁師相手に酒を飲むのでした。
夜はしたたかに酔い、朝日を避けるように家路につき、また夕暮れ時に浜辺を歩いて店に来る。
そんな静かな生活をようやく彼女は手に入れて
自由に蝶が舞うように生き、今この家に辿り着きました。
彼女は日常のほとんどのことが出来なくなり、新しい人の名前は覚えられず古い記憶も薄ぼんやりとするのでした。それでもはっきりと覚えているのは彼と歩いた砂浜の感触とあの日彼との子供を背に背負ったその重みと彼と交わした手紙の言葉と彼に誓った約束でした。
彼女は今彼からの手紙を胸に微笑みながら彼を待っています。
1年後80年目の夏、彼女は100歳を迎えます。
永遠の愛を君に。
2024年6月24日
心幸
繊細な花 パート2
昨夜のお題があまりに気持ち悪かったので2つ目を書く。
花は自分で自分を美しいだとか豪華だとか華麗だとか優美だとか、「繊細だ」とか「優しくありたい」とか「清らかだ」とか「真っ直ぐ」だとか
「癒してあげよう」とか「寄り添ってあげよう」だとか言わないし自分を称さない。
懸命に置かれた場所に咲くただ花は花として咲く黙ってだからこそ人の心に寄り添い癒やし優美で繊細な美しさの中に凛として真っ直ぐで清らかな優しさを、私たち人間は感じるのであり
花のようにありたければ、自ら水を与えて下さいだとか、私は優美で可憐で繊細な花です。懸命に咲く清らかで真っ直ぐな優しくありたい花です、癒やしてあげましょう、寄り添ってあげようなんて言わないのよ(笑)
だから繊細なんでしょ。
言ったとたんに、金色に煌めく馬車はカボチャになると知っているのよ、懸命に咲く賢明な花たちは。
2024年6月27日
心幸
6/24/2024, 2:09:49 PM