"嘘、でよかった"
"嘘、にしたかった"
だから、始まりにもならない『告白』の終止符として新学期の始まりとなるその日を選んだ。真実すらも偽者へとすりかえる為に。
── 好きだよ。ずっと前から、好きだった。
それは最後のチャンスで、故に最低で最悪な別れの言葉だったと我ながら思う。
何を言われているのかわからないとでも言いたげな表情をした貴方。それはそうであろう。今日まで自分は友人の誰よりも近く、けれど恋人なんて甘さはない 普通の当たり前の友情を築いてきたのだから。
だからこれは、裏切り行為に等しい。否、それ以外のなんでもない。けれど、この学び舎から別の空に向かって飛び立った自分たちはこれまでの地位を変わらず保つことは厳しくて。ならせめて思い出にと欲張ってしまったこの業。
── 返事はいらない。伝えたかっただけだから。身勝手でごめんね。今までありがとう。
身勝手に言い募り、呆然と立ち尽くす貴方に背を向ける。優しい貴方はどんな返事も出来ずに私の言葉が消化できるまで思考の迷走を続けるでしょう。その世界で私はきっと永遠だ。
『それはきっと幸せなこと』
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「随分と昔のことを……」
あのころ私は幼くて我儘で。大切なものが手からすり抜けてゆくことがどうしても許せなかった。だからせめても、と。そんな子供騙しの行為。
思い出したのはきっと薄く儚い花のせい。どこを見ても視界に入る柔らかな花弁。私の罪の証。
「嘘、でよかった と思いたかったの」
「何が? ようやく見つけた」
吹き付けてきた風が桜花のカーテンとなり視界を遮る。そして再び瞳を開けたら、ここにいるはずもない人が見えた。
今年のエイプリールフールの気まぐれは随分と都合よくできているのだと笑いながら、その幻覚に一歩だけ近づいてみる。あまり傍によれば消えてしまいそうな気がして、普段より小幅な一歩になった。
「ねぇ、あの日私は私以外に嘘をつかないように と心がけていたんだよ」
甘く優しい幻想に向けて種明かしをする。あの日私に嘘があったとすれば、『嘘をついてもいい日』を『嘘をつく日』だと思い込ませたこと。
嘘と真実の境目がぼやけた瞬間は都合の悪い事象を嘘にできたから。現実に傷つくことなく逃れられるから。
「嘘、にしたいと願う程 本気だったから」
なりたいと願った。
─── "しあわせ"になりたいと願った。
「そう願うことはいけないことかしら?」
縋るように尋ねた言葉を聞いた相手は少し困ったような悲しそうな、いろいろな感情が入り交じったような不可思議な表情をしていた。ように思う。
「悪い、と一概に言うことではないけれど。……割とありふれた当然の願いだと思う」
「当然の願い。の割には、随分と含みのある表現ね」
それは責めるような諌めるようなニュアンスは含まれていなかった。ただ、どこか物憂げでまるで何かを諦めたような、それでいて酷く芯の通った色をしていた。
「願うだけじゃ、叶わないから」
"叶わない" 僅かな諦念の混じったその声には、それでも絶望も悲観の欠片もなく、寧ろ洞窟を抜けた先に見えるような遠く小さいけれど確かな光のような希望の色が見えた。
太陽のような身を焼き尽くす明るさではなくて、月の光のような仄かで静けさを伴うどこか寒さすら抱える しかし柔らかな光源。
「だから。足掻いてみようと、私は、そう思う」
「……そう」
彼女は強い人だとずっと思っていた。悩むことも迷うことも傷つくこともない、そんなもの瑣末なことだと切って捨てれるような強い人だと。
しかし、違ったのだ。確かに彼女は強いのかもしれない。けれど、その強さは身を守る強さではなく 前を向いて現実を受け止める目を逸らさない しなやかな強さなのだ。
(あぁ、本当に彼女は……綺麗だ)
真っ直ぐで気高い、自分というものに対する誇りのある生き方をしているのだろう。羨ましいと、言う事すら憚られる毅然とした態度。
それはまさに月のように美しくあった。
『誰もが 幸せになりたいと願う』
──個人的な考えだけれど不幸になりたいと心底願う人間はいないと思うわ。
彼女はそう呟いた。不幸になることが心の平穏を保つのであれば、それはその人にとってある種の利益や救いとなるのでしょう と。
そんな風に 誰も己の為に生きている のだと。だからこそ他人に優しくもできるのだと彼女は言った。
「幸福を願う。それ自体は悪いことじゃない」
摂理だわ。寧ろ そうでなくては生きている意味もないでしょう? 自分の為に生きていればそれでいいのよ。
ただ、己の為の人生を彩る一部として他人の存在がそこにあって、例えば笑顔やお礼に価値を感じて そうやって親切は広がっていくのだと。
「だからね、自己中心的でも別に構わないのよ」
自分を大切にするように相手を尊重して認めてあげさえすれば それだけで。
そうやって花のように笑う彼女はきっと誰より芯のある優しさに充ちていた。
それは幸せの結晶
時に華やかで色鮮やかに、ときに慎ましくシンプルに。送り手や造り手の気持ちが溢れるほどに込められたフラワーブーケ。
卒業式に結婚式 合格祝いや退職祝い 退院祝いに出産祝い。おめでたい事には必ずと言っていいほど花がある。私たちの人生においてきっと花は切っても切れない関係にあって、日々をほんの少し明るくしてくれるのだと思う。
「あの、お世話になった教授の退職祝いで」
ほらこんな風に。自分ではよくわからない花というものを色や形 匂いに花言葉など様々な意味を持たせて世界にたった一つの 感情の詰め合わせのような花束へと織り込んでゆく。
花だけではない。ラッピングペーパーにリボン メッセージまで人揃いにして そうしてようやく相手に渡すためのブーケが出来上がる。
だからきっと、相手のことを考えて幾万パターンのうちから選ばれたそれは 世界に2つと無いあなたの為だけのプレゼント。
怒りとか悲しみとか そういった負の感情は、何か起こる度に多分コップのような何かに溜められて、ゆっくりゆっくり気が付かない間に満たされて、それから表面張力が耐えられなくなった瞬間に決壊し溢れ出すにだと思う。
だから、突然キレただとか冷たくなった訳ではなくて、今まで堪えていたそれが限界に至ってしまったのだろう。きっとあのひとも。
「……ごめんなさい なんて今さら」
言えやしない。
その言葉は所詮自己満足に過ぎないから。謝る権利も自分にはなくて、許されたいだなんて傲慢だ。
テーマ : 溢れる気持ち