渚雅

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なりたいと願った。

─── "しあわせ"になりたいと願った。




「そう願うことはいけないことかしら?」

縋るように尋ねた言葉を聞いた相手は少し困ったような悲しそうな、いろいろな感情が入り交じったような不可思議な表情をしていた。ように思う。


「悪い、と一概に言うことではないけれど。……割とありふれた当然の願いだと思う」
「当然の願い。の割には、随分と含みのある表現ね」

それは責めるような諌めるようなニュアンスは含まれていなかった。ただ、どこか物憂げでまるで何かを諦めたような、それでいて酷く芯の通った色をしていた。


「願うだけじゃ、叶わないから」

"叶わない" 僅かな諦念の混じったその声には、それでも絶望も悲観の欠片もなく、寧ろ洞窟を抜けた先に見えるような遠く小さいけれど確かな光のような希望の色が見えた。

太陽のような身を焼き尽くす明るさではなくて、月の光のような仄かで静けさを伴うどこか寒さすら抱える しかし柔らかな光源。


「だから。足掻いてみようと、私は、そう思う」
「……そう」

彼女は強い人だとずっと思っていた。悩むことも迷うことも傷つくこともない、そんなもの瑣末なことだと切って捨てれるような強い人だと。

しかし、違ったのだ。確かに彼女は強いのかもしれない。けれど、その強さは身を守る強さではなく 前を向いて現実を受け止める目を逸らさない しなやかな強さなのだ。


(あぁ、本当に彼女は……綺麗だ)

真っ直ぐで気高い、自分というものに対する誇りのある生き方をしているのだろう。羨ましいと、言う事すら憚られる毅然とした態度。

それはまさに月のように美しくあった。

3/31/2024, 2:24:34 PM