言い出せなかった「お酒飲まれるんですか」
喉に詰まってそこから動かせなかった
不自然じゃない言葉なのに、飲み込んでしまった
聞いてみたい「どんな音楽聴くんですか」
もしくは貴方の運転する姿を見られた暁に
そこで流れる音楽をこの耳で確かめたい
吸ってみたい「じゃあ一瞬だけ」
そう言って、私の人生の最初で最後のたばこを
咳き込む私を見てにやりと笑う貴方の吐く煙を
そのシワひとつない真白なワイシャツからする柔軟剤の匂いを
その音が鳴ると
もう一度鏡と見つめ合って
“大丈夫”であることを確認する
そして
22:46と浮かび上がる液晶を
真っ暗にした部屋の中で視界に入れ
着信の通知を盗み見る
その瞬間が罪深く甘い
緩みそうになる口元をきゅっと結んで
暗闇の世界へと踏み入れる
階段を降りるリズムに合わせるかのように
心臓も強く脈打つ
コン、コン、と助手席の窓を鳴らす
無音の車内に座ると
頭にあたたかな手のひらが触れた
おつかれ
とだけ言って離れていく大きな手
それはいつもの出発の合図
過ぎゆく街灯の微かな光さえ
いやに反射させる薬指の金属
絶対に外さないその輪っかにさえ
救いようもないほど私の心は熱くなっていく
溶けてしまえそうなほど
溶けてしまいたいほど
心の中の風景は
今の私が見ている風景のすぐそこに貴方がいる、
そんなありもしないもの
それはいつまでも心の中にだけ存在する風景
許されざること
知られてはいけないこと
何気ない日常であろうと
旅先の見知らぬ街でも
横断歩道でも
海でも
貴方が隣に居たら
そのすべてが
どんな風に見えるか
って
見知らぬ街
それは、貴方の住む街
こんなとこあるんですね、
と私が呟くと
うん、俺も最近知った、
と答えた
奥様とよく来られるんですか、
とは呟けずに
少し開いたままの口へ
ペットボトルを近づける
緊張で乾いた口の中が
ほんの少し潤う
どう?最近は
といつものように呟いた声に
妙に懐かしさを感じて
つい頬が緩む
それに気付いた貴方はまた、
ニヤリと笑って
なに、
と呟いた
ふふふ、と笑うと
ふふふ、って、と真似をされた
終わるのが惜しい
もうさ、惚れないわけないんだよ
貴方という人に
人として、ほんとうに惚れてるんだよ
ああ、馬鹿になって
「え?????めちゃくちゃ惚れてるけど!!!!!!!」
って言っちゃおっかな
あーあ。