目が覚めると、そこには見慣れた景色が転がっている。何の変哲もない、いつもの部屋。それでもどこか違和感が拭えず辺りを見回す。
…あいつがいない。ああ、出ていったんだな、と俺は思った。
俺とあいつの関係は異常だった。あいつはいつも、自分の人生を生きたい、と言っていた。けれど俺と一緒にいる限り、その夢は叶わない。だから、あいつは出ていった。
あいつが初めて自分でした選択は、俺に無償の愛を与えることだった。なんでよりによって俺だったのか。あいつにふさわしい奴なんて他にいくらでも居るだろうに。
ま、それでもまだ遅くはない。次はお前にふさわしい男と出逢ってせいぜい幸せになってくれ。
…なんて、俺自身は幸せなんてものを少しも信じてないくせに、ついあいつの幸せを願ってしまう。
とりあえず、俺はあいつにふさわしくない男であり続けるために、今日も僅かな金だけを持ってパチンコに向かう。
(目が覚めると)
〔閑話休題〕私の当たり前
人間が愚かなのは当たり前。
愛が奇跡を起こすのは当たり前。
恋が心を狂わせるのは当たり前。
純愛が美しいのは当たり前。
相手の幸せをそっと祈るのは当たり前。
日常を失ってからその幸せに気付くのは当たり前。
恋愛にまつわる怪談がどこか耽美なのは当たり前。
母親が子供のために強くなるのは当たり前。
好奇心が身の破滅につながるのは当たり前。
星が冷酷なのは当たり前。
運命は結局自分次第、というのは当たり前。
よく知られる美談の真実が実はそれほど美しくないのは当たり前。
すべての物語が巡りめぐって一つになるのは当たり前。
これが、私の(物語の世界の)当たり前。
かささぎは毎年雨を降らせる。密かに思いを寄せる彼女に、あの下品な男を会わせたくないがために。
しかし結局、男はやってくる。自分の魅力と、かささぎの自分に対する気持ちに気がついている彼女が、雨を止ませるようかささぎに迫るから。そしてかささぎは、それを拒否することができないから。
男がやってくると、せめてふたりの姿が自分以外の誰にも見えないように、かささぎは再び激しい雨を降らせる。かささぎは自分の作った雨の帷の中で、ふたりがむつみあう姿を黙って見つめる。それがふたりを会わせる条件。いつかそう遠くない未来に、激情がこの身を亡ぼすであろうことを感じながら、かささぎは今年も、彼らの傍で。
(七夕)
星空を見上げる。そうすれば、地上のどんな苦しみも、どんな悲しみだって、癒やしてくれる。ぼくはそう信じていた。
行方不明になっていた、友達のお父さんが死んだ。彼の乗る船が北の海に沈んだのだ。ぼくはそれを、新聞の片隅の小さな記事で知った。
友人の家は、お父さんが行方不明になってからというもの、目に見えて生活が苦しくなっていた。友人は病気がちのお母さんに代わって、学校の合間に朝も夜も働かなくてはならなくなった。当然学校の勉強にも身が入らず、かつては誰より秀才だったことも、彼自身、忘れてしまっているようだった。彼は、いつかお父さんが帰ってくる、という微かな希望を頑なに信じた。彼の弱りきった繊細な心で、この不幸せな現実を生きていくためには、そうするしかなかったのだろう。
あの新聞をぼくの家に届けたのは友人だった。彼は朝早くから新聞配りの仕事もしていた。
だが、彼自身は父親の死を知らずにいた。彼には新聞を買うお金も、それを読む時間も無かったのだ!
ぼくは、この残酷な真実を友人に伝えることが出来なかった。苦し紛れに夜空を見上げたが、星はぼくを嘲笑うように、冷たく輝いているだけだった。
どうしようもない激情を胸にぼくは祈った。どうかあのかわいそうな友人に幸いを。彼の幸いのためならどんな犠牲をも厭わない、と。
─────
星祭りの夜、ぼくは銀河に置き去りにされ、かわりに死んだはずの彼のお父さんは、生きて家に帰った。
友人がそれを幸いと思ってくれるなら、ぼくにとってはそれが幸いだった。
(星空)
俺は神様から、バラバラになった物語のカケラを集めるように、とのお告げを受けた。神様から毎日下される言葉の内容に合う物語を一つずつ探し出すことが俺の使命だった。
神様の告げる言葉が何を意味しているのか、このカケラたちが一つに集まったとき、一体どんな物語が始まるというのか。
─それは、神様だけが知っている。
(神様だけが知っている)