「ご気分は?」
私は部屋に入り、ただぼんやり半身を起こしている女に言った。
「ええ……。」
「憂鬱そうですね。」
「ええ、そう、とても憂鬱。あなたはどう?いいえ、あなたはきっと幸福だわ。少なくとも今の私よりは。」
「そうでしょうか。」
女は気だるげにため息をついた。
「だって、あなたに私の気持ちがわかって?あの人の帰りをただこうして待ち続けるばかりの女の気持ちが?」
私が、さぁ?と答えると、女は満足そうに言った。
「そう、わかりっこないわ。所詮おまえは御用聞きだもの。でも、おまえは素直だね。そういう素直な人は私、好きよ。」
今日は御用聞きか。私は心の内で苦笑した。
「でも、あの人を待つあなたはとても幸せそうに見えます。」
永い沈黙があった。機嫌を損ねたかもしれない。私はいつものように鞄から注射器を取り出した。
「…そうね。私はこうしてあの人を待っているときだけ、幸せなの。」
「さあ、楽にして。」
「先生。」
女が唐突に言った。窓の外では雨が降り続けている。今日は調子が悪いようだ。
「先生は私のことをかわいそうな狂女とお思いでしょうけど、そうじゃないのよ。私、ほんとうはわかっているの。あの人は私を捨てて別の女のもとにいった。あの人は私のことなんかもうすっかり忘れて、毎日楽しく暮らしているの。でも、それはあの人のせいじゃない。何もかも、私のせいなのよ。」
女は楽しそうに言ったが、私は面白くなかった。
「そんなことありません。あなたは何も悪くない。」
「いいえ、そんなことないわ。たとえあの人が悪かったのだとしても、全部私のせいなの。そうでなくちゃいけないのよ。私があの人を待ち続けるために⎯」
急に女の口が動かなくなった。
「そんな風に昂奮なさってはいけません。」
私は冷静に言った。
「…ええ、そうね。そうだわ。」
「お疲れでしょう。少しお眠りなさい。」
「ええ、そう、とても疲れた。そうね、もう眠ってしまおう。夢の中では、あの人に逢えるかしら⎯」
私は女が眠ったのを確認して部屋を出た。強い薬を使ったから、夜まで目覚めることはないだろう。
私は現在女を自宅に置き、その全ての面倒を見ている。女が親族に連れられて私のもとに来た時から、私は女の虜になった。
私は、私を決して愛さない女を、永遠に愛し続ける。
(失恋)
その昔、人の世には人間の他に、黒い羽を持つ者たちと白い羽を持つ者たちがいた。
黒い羽を持つ者たちは、真実をもって人間の弱さや悪行を厳しく戒めていた。白い羽を持つ者たちは、優しい嘘をもって人間の心の安定や善行を促していた。
人間が全ての生物の上に立ち、高尚な存在であった頃はそれで良かった。
時が経つにつれて人間は堕落した。
黒い羽を持つ者たちは人間を激しく非難したが、愚かな人間は黒い羽を持つ者たちが示す真実を受け入れることができなかった。人間は思い上がった感情のままに、怒りの矛先を黒い羽を持つ者たちに向けた。
白い羽を持つ者たちは、人間の堕落を知ると地上から姿を消した。
黒い羽を持つ者たちは、それでも人間を信じ、人間に対して厳しく言い聞かせ続けたが、もはや獣同然となった人間は、その言葉を理解しようともしなかった。
黒い羽を持つ正直者は「悪魔」と呼ばれるようになり、現在でも人間から迫害され続けている。
(正直)