旅路の果てにつくまでに何があるだろう。人生の旅で他人と関われるほど真っ当とも言えず正直自業自得で孤独になるので人間関係以外の楽しみを重ねて生きることにしているが何かにつけ人間との関わりが得意でないので社会的なところを避けるとどうしても限定的になる。自分を早々変えられないのはわかっているのでいらないトラブルを避けるために誰かと自分の関係はとことん希薄に薄くする。それで満足できるタイプなのはありがたいのか悲しいことなのか。人生は人間関係を除くと随分とぺらぺらのシンプルすぎるものになってきているがそれもまた一興と開き直れるからこそ、そうゆうところだぞ自分と呆れる。
優しさが欲しくて仕方がない時がある。望んだような優しさが降ってくるはずもないのはわかっているがそれでも無性に心が痛む。シクシクと穴が空いたようなどこか頭の芯が少し崩れたようなどうしょうもない苦しさを何とかしてくれないかと願うのを言葉にすれば優しさがほしいでありそんな都合の良いものが早々手に入るはずもなくどうしょうもない苦しみがひたすらに心を病ませていく。辛いのをなんとかしたいのに苦しくて本当に辛いのに反れを抱えているしかない。ひたすらに心を傷ませる助けてほしいの声をどこにも投げれないままため息しか出ない。
こんな夢を見たどこまでも美しい道を母と並んで歩く夢。懐かしさとそのような道を知らないという違和感を薄っすらと無意識に感じながらも、トコトコ歩く足音がどこまでも不思議な感覚でずっと残っていく。偶に吹く風にゆらゆらと髪を揺らしながらどこまでも進む。道の先は見えないがなんとなくぼんやりとした穏やかな時間だけがすぎる。笑い声がする、誰のものともしれないそれはひどく穏やかなそれに耳が引き寄せられる中でふと母がずいぶんと先に進んでいるのを慌てて追う。そんな夢を見てみたい。
特別な夜と言うのはどんなものだろう。自分の知らないところで生きていく輝かしい人々にも多分苦しみがたくさんあるのだろうそれでも遠くから見れば幸せそうな人がいる。多分素敵な日々に憧れがあるのだろう。漠然とした曖昧な日々の少し後ろには穴が空いている気がするいつでも落ちれるが戻れない。平穏は失って初めてそれに気がつくがそれが辛くて不安に感じるのだろう。病まなかった日々は懐かしく戻らないその日々を思って夜の時間を浪費する。変わってしまった日々が例えようもなく懐かしく自分で選んだ道なのに納得がいかないことに苦悩する。自分で望んだ通りになっているでもそれは思った以上に苦しみがあるそんなつもりじゃなかった。なんて言い訳を繰り返して生きている。
海の底は寂しそうで静かそうで少し怖いイメージがある。昔テレビで深海の紹介があってそこでは結構いろいろな生き物が過ごしているとかかなり個性的な生き物がいるのを見た気がする。泳げない自分には水の中は恐ろしいイメージがある、息苦しそうでとても不安になる。呼吸ができないのは恐怖だと思うシンプルに恐ろしい不安を感じるものだ。どうしたものかと思うが。困ったものだ。神秘的なイメージと適応したいきものには多分それぞれの暮らしもあるのだろう。なんとなく離れてみているときは案外楽しいのかもしれない。勝手に楽しんでいるのはそこに生きる彼らにはふかいかもしれないが向こうからすれば知ったこっちゃないかもしれない、寂しいようなそれぐらいがいいような。