笹の葉

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5/13/2023, 10:00:04 AM

彼女と再開したのは、大学の卒業を機に地元の会社に就職してから4年目の夏、中学卒業してから初めての同窓会だった。

「よう!」

懐かしい顔ぶれと癖の強かった担任の話で盛り上がっていたなか、後ろから肩を叩かれて振り向く。
振り返った先には10年前とは雰囲気の変わった彼女が、あの頃と変わらない笑顔で立っていた。

「おう!」

「卒業式以来じゃない?元気にしてた?」

「そうだな」

曖昧な返事をすると、彼女はまた後でと言い残して隣のテーブルへ移動していった。
目を細めながら彼女の動きを追っていると、隣から話し掛けられて、旧友との会話の輪へ戻った。

一次会がお開きになるまで、再び彼女と話すことは出来なかった。

「二次会行く人ー!」

幹事の女子が手を挙げながら訊く。
周囲の人間に倣って手を挙げかけた時に、彼女の声が聞こえた。

「ごめーん、これで帰るから」

挙げた手の勢いのまま声を発していた。

「あ、俺も今日は予定あるから!」

帰りの駅へ向かうのは自分と彼女の二人だけだった。
中学時代の他愛ない話題に花が咲いた。

「そういえば今はどこにいるの?」

彼女から訊かれて答える。

「今は実家、近くに就職したんだよ。お前は?」

「私も実家にいる。この春に帰って来たんだ」

その話を聞いて、言葉に詰まりながらも早口で続けた。

「あの、さ、来週末会えるかな?」

「ごめん、子供と一緒にいなきゃいけないから」

「え?」

「あれ?知らなかった?離婚して帰って来たの。今や私も一児の母だよ」

あっけらかんと笑いながら彼女は答えた。

「あ、そうなんだ……」

いつの間にか電車に乗って地元の駅のホームに着いていたらしい。

「またね」

彼女から声を掛けられた。
意を決して彼女へ告げる。

「また君と会いたい……もちろん君の子も一緒に!」

一瞬呆気に取られた彼女があの頃と変わらない笑顔で答えた。

「いいよ」

夢見心地のまま、いつの間にか実家に着いていた。
交換した彼女の連絡先を見ながら、眠れない夜を過ごしたのだった。

5/11/2023, 1:03:18 PM

いつもの彼の住むアパートのいつも通りの彼の部屋。
整頓されていない部屋に2つだけある座布団のうちのひとつに座って見馴れない彼の背中を眺めていた。

私は大学3回生の冬に同じサークルの1学年上の先輩から告白されて付き合い出した。
なんであのタイミングで告白してきたのか聞いたら、卒業前に後悔したくなかったと言われた。

学生時代に寮生活をしていた彼は、隣の市にある中小企業に就職して一人暮らしを始めた。

いつもと変わらない部屋なのに、居心地が悪い。

昨日のLINEからしておかしいのだ。
いつもなら彼の家に行くと伝えると『はいよー』か『用事ある』の二択なのに、やたらと到着時間を訊いてきた。
彼は時計とは無縁の人間だと思っていたから、怪しいと思ってはぐらかした。

さっきだってそうだ。
アパートに到着して彼の部屋のチャイムを鳴らしたら、ドタドタと物音がしてからタンクトップにボクサーブリーフ姿の彼が出てきた。
これはいつも通りなのだが。
すると、彼はちょっと待っててと言い残してすぐに扉を閉めた。

怪しい。

2、3分して彼は戻ってきた。
ワイシャツにデニムという出で立ちで現れた彼は、視線が合わずそわそわとした様子だ。

「ねえ、どうしたの?」

ここ1年は彼がワイシャツを着た姿なんて見た記憶がない。

最後に見たのは、休日に急に彼の職場から電話がかかってきた時だと思う。
あの日はスラックスを摺り上げながら出ていった彼が戻るのを彼の部屋を掃除しながら待っていたが、2時間経ってから『ごめん、遅くなる』とだけ連絡があり、呆れて返信もせずに帰った。

そんなことを思い出していると、部屋に上がるように促されて今に至る。

「ねえ、どうしたの?」

私はティーバッグが入ったままの見馴れないカップから立つ湯気を見ながら尋ねた。

「んー?ちょっと待ってて」

彼は慌てたように机の引き出しを上から順に開けて漁っている。

「はぁ」

つい溜め息が口からこぼれたが、彼はそれにも気付かない様子だ。

いつもそうだった。

彼はいつもだらけてて、そうじゃない時はいつも何かに精一杯。
なんだか子供を持つ母親を疑似体験しているみたいで。
嫌気が差す時もあるが、結局彼を憎むことができないし、いつだって目が離せないのだ。

「あ!」

彼の声に引き戻されて声の方を向くと、彼は目を爛々とさせてこちらを見ていた。

「え?どうしたの?」

「誕生日おめでとう!」

目の前に差し出された彼の手には深緑の小箱が乗っていた。
中に入っていたのはシンプルだけど、優しい雰囲気を持ったエメラルドのネックレスだった。

「あ、りがとう」

「どういたしまして!いつもありがとう。愛してるよ」

あまりに驚いていると、不安そうな彼の目が私の顔を覗き込んできた。

「どうしたの?」

「誕生日、来月だよ」

「え?あ!どうしよう。レストラン予約しちゃってる!」

落ち着きのない様子の彼を見て、問題はそこなのかと呆れてしまった。

「予約した場所と時間は?とりあえず着替えてくるからあなたもデニムはやめてよ」

「わかった!ええっと、時間は……何時だっけ?ちょっと待って!場所はあの、一昨年行ったホテルの所で―――」

見えない何かに悪戦苦闘してる彼を見ながら、手の中にあるネックレスに合う服を想像したのだった。