ここではないどこかへいきたい
ここにはもう あなたがいないから
ここではないどこかへいきたい
ここではあなたにあえないから
ここではないどこかへいきたい
ここにいたら あなたのこえも かおも わすれていくから
ここではないどこかへいきたい
ここではない あなたのいるところへ
ここではないどこかにいる、あなたにあいたい
とてつもなく高い場所から下に落ちたら、地面に到達した時の自分はどうなるだろうか。
自殺願望がある訳ではないのだが、こうして高い場所から下を見下ろす度にふと考える。
高所恐怖症でも高所平気症でもない(と思う)が、高い場所から遥か下を見た時の、身体中を巡るなんとも言えないゾクゾク感が大好きだ。
何かいけないことをしてしまっているような背徳感と、少なからず命の危険がある事を本能的に感じているような恐怖。
そして、それらより多少上回る好奇心。
もちろん実際にやったら死んでしまう。
だからこそ、遊園地等にあるフリーフォールや渓谷にあるバンジージャンプが好きなのだ。
あれらは擬似的に落下体験ができるし、事故がない限りは死なないから。
「なるほど。だからキミは飛び降りが好きなのか。」
話終わると、隣に座っていた男はそう言って納得するように頷いた。
『言い方が悪いなあ!だから自殺願望はないって言ったのに。飛び降りが好きというより、あの浮遊感とか重力を感じられるのが好きなんだよ。』
「だからそれを飛び降りというんじゃ…………ああ分かった分かった、ごめんて。私が悪かったよ。」
不機嫌なのが顔に出ていたのだろう。彼は苦笑いしながら謝った。悪気がないのは知っているから、こちらもそれ以上文句は言わない。
それにそろそろ始めたいし。
腕を頭の上で伸ばしたり、腰を捻ったりするのを見ていた彼が「お、やるのか?」と楽しげに聞いてくる。
『そりゃやるでしょ。何のためにこんなとこまで来たと思ってるのさ』
「あはは、確かに愚問だったね」
そんな会話をしながら、1歩ずつ足を踏み出す。
下から吹き上げてくる強いビル風が気持ちいい。
ここはどんな景色を、感覚を味わえるんだろう。
『じゃあちょっと行ってくる』
「はいはい、今日も楽しいといいね」
『地上50階建てだよ?絶対面白いに決まってるさ!』
そう笑いながら空へ1歩踏み出し、今日もまたスリルを楽しむことにした。
「そりゃ自殺願望はないだろうね。今のキミなら、どんな場所でも、どんな高さからでも、いくらでも落下してスリルを楽しめるだろうさ。まったくキミみたいな人は初めてだよ。
死んでからもまだまだ色んな高さから飛び降りて、一番楽しい高さのを見付けたいなんて言うとはね!」
今日で世界は終わるらしい。
ある日突然発表されたその事実は、全くもって現実味の湧かないものだった。
発表があったその日は街中で号外が配られたし(人生で初めてもらった)、どのニュース番組もこの話題ばかりだった。
翌日からもコメンテーター達のあれやこれやの討論や持論が飛び交った。
でもまあ、人間というのはあまりにも予測できない事があると逆に普段通りに生活を送ろうとするようで。
最初のうちはバタバタギスギスしていた世の中も、数ヶ月経った今ではすっかり以前と変わらない。
………いや、変な宗教とかスピリチュアルなバラエティ番組とかはちょっと増えたかもだけど。
そんな日常生活を取り戻したまま、世界が終わる日を迎えた訳だが。
あろうことか、自分は今ライブに来ている。
こんな日に開催しようと思うのもイカれているが、集まる我々も大概だ。
世界が終わると言われたって、実感がないのだから仕方ない。
世界が終わる日に何がしたいと言われても、経験したこともないから思い浮かばない。
ならば、あくまでも普段通りに。
大好きなアーティストがライブをやるというのなら、見に行くまでだ。
それに、最期を迎えるその瞬間を大好きな人と、大好きな空間で、大好きな音を聴きながら迎えられるのなら。
これ以上の幸せな終わりはないんじゃないかと思う。
さあ、そろそろ開演だ。
世界の終わりに君と、最高の時間を過ごそうじゃないか。
正直に生きたって、いい事なんかひとつもない。
正直に生きたら、馬鹿を見ることだらけ。
正直でいたら、敵が増える。
正直でいると、損をする。
円滑に穏便に、穏やかに変ないざこざにも巻き込まれず生きていきたいのなら、正直になんて考えは捨てたほうがいい。
でも。
自分の好きなもの
愛するもの
大切なもの
それらにだけは、正直でいよう。
そこに嘘をついてはいけないよ
※ちょっと注意かも
「無垢」とは、けがれの無い純真を示す言葉だ。
欲に塗れ、罪を重ね、嘘をつき、日々穢れていく人間には程遠い言葉。
………そう思っていたのだが。
「ほら見て!きれいに取れたよ!」
今わたしの前に居るこの子は、かわいらしい瞳を普段以上にキラキラと輝かせながら嬉しそうに笑っている。
その笑顔には、一遍のけがれもない。
「そうだね。綺麗に取れたねぇ」
わたしがそう応えると心底嬉しそうに、きれい!きれい!と言いながらお気に入りの前にまた座り込んだ。
純粋な好奇心と興味、正直な気持ちと飽くなき探究心に溢れた子。
もし天使が実在するのなら、この子のような存在だろう。
わたしのような穢れきった存在には眩しいくらいだ。
願わくばどうか、この純粋無垢なまま成長して欲しい。
「見て!赤いのたくさん!」
夢中になっていたのだろう。
そういってコップを見せてくれる本人は、あちこちに赤い汚れを沢山付けている。
これはあとで洗うのが大変そうだ………床も拭かないといけないしなぁ………
「無垢」とは、けがれのない純真を示す言葉だ。
「けがれのない純真」ということは、善も悪も持たないということだ。
そのような概念は、「無垢」なものにはないのだから。
「さて………穢れまくってる人間はお掃除でも始めますかね」
まあ、最初に汚したのはわたしだしな。
そう独りごちながら、わたしはあの子の周りに散らばっている骨やら肉片やらをどう片付けるか頭を悩ませるのであった。