『ここにある』
静かに行われると思っていた葬式は
想像以上に騒然としていた。
警察も参列者一人一人に事情聴取をしている。
お坊さんはこの状況でお経を読もうか迷っていそうだ。
今日はあの子が死んだ葬式の日。
順調に事が進むと思いきや、
あの子の心臓がくり抜かれているという話が上がった。
誰が言ったかは分からない。
けれど亡骸を持ち上げた時か
棺桶を持ち上げた時かに親族が参加して
その時パニックになって言い出したのだろう。
言っても聞かないからついに司法解剖をする医師が
わざわざ現地まで来て解剖の結果心臓が無くなっていた。
ただのパニックによる発作だと思っていた参列者も
ただ事じゃないと気付き最初に戻る。
みんな疲れている。
こんなこと早く終わらせて家で休んだ方がいい。
あの子はずっと家で眠っているのに。
語り部シルヴァ
『素足のままで』
今日も暑い。ただセミの声が聞こえなくなった分
静かな日中になったなと感じる。
部屋の温度計は変わらず30を超えている。
それでも網戸からは涼しい風は吹くし肌は汗ばむこともない。
ふと思い立って庭に出ることにした。
さすがに外は暑い。
靴もサンダルが肌に密着していると熱される。
風だけが味方してくれてる。
いっそ脱ごうか。
そう思いサンダルをポイと脱いで庭を踏みしめる。
小さな砂利は少し痛むし風で揺れる草はくすぐったい。
それでも少し心地いいと感じるのはなぜだろう。
残暑。そんな言葉がよぎった。
素足から伝わるこれらは残暑なんだろう。
少し寂しくなる。
もう素足から熱を伝わるあの感覚も
また来年になってしまったんだ。
残り火に縋るようにこのままの時間を噛み締めた。
語り部シルヴァ
『もう一歩だけ、』
もう疲れた。
面接も履歴書の制作も合否判定も全部疲れた。
精神面がもたない。
行きたいところも無いし内定は貰ったから
適当に選ぶのもいいのかもしれない。
本当に俺の行きたいところってどこなんだ?
俺にしか分からないとか今は気づいてないだけとか
わからないものはわからない。
けど...後悔はしたくない。
自分で言ってわがままだ。
これだけ内定貰ってるのもわがままだ。
だからこそ...自分が納得するまでやってみよう。
きっとこれを繰り返せば...本当に自分のしたいことや
自分の就きたい会社が見えてくるはずだから...
語り部シルヴァ
『見知らぬ街』
ここはどこだろう?
確かあの人とデートの待ち合わせをしてたけど
あの人はやってこないし
帰ろうにもここはどこかわからないし...
日も暮れてきた...
交番でもあれば相談できそうだけどそれも難しそう...
お腹空いたなあ...色んな家から晩御飯の匂いがする。
肉じゃが、カレーライス...あぁ余計にお腹が空いてきた。
このまま私はどうなるんだろう...
家に帰れなくて死んじゃうのかな...?
「あ!おばあちゃんいた!」
その声と同時に手を掴まれる。
この子は誰だろう?それに私がおばあちゃん?
「大丈夫?怪我は無い?」
何が何だかわからない...私はただあの人と...
「おばあちゃん...おじいちゃんはもう居ないんだよ...」
わけがわからないまま連れていかれる。
けれど不思議と怖さは無い。
それどころか安心感があるその手は
どうも他人じゃない気がする。
この子は誰なんだろう。
今日のご飯は何かな。
あの人に...また会えるかな。
語り部シルヴァ
『遠雷』
曇天が広がる空が唸り声をあげる。
雨の匂いが微かに香る。
もう時期雨と雷がやってきそうだ。
今日はやけに涼しいなと思っていたが
雲が厚く太陽をずっと隠していたからだろう。
時間的に夕立ちになりそうだ。
今はまだ外出中。
出かける前に洗濯物を外に干していたのを
思い出して早歩きになる。
また空から唸り声が聞こえてくる。急がなきゃ。
ゴロゴロと空が唸ると地面が
ほんの少し揺れるような気がする。
これは大きい嵐が来そうだ。
少しでも早く帰らなきゃすぐにでも降るかもしれない。
そう感じて汗で張り付く服のことも気にせず
ひたすら全力で走る。
遠くで雷が落ちた音がした。
語り部シルヴァ