『青い青い』
ここの教室からの景色を見ていると
色々と懐かしく思うことがある。
始業式の緊張感、教室での告白、文化祭...
数十年前の記憶なのにこうも鮮明に再生されるものなのか。
教員免許を取って、地元の高校の教師になった。
まさか担当のクラスが当時の自分が入ったクラスと
同じになるとは思わなかった。
壁の質感とか床の模様とか少し風化しているが
それも変わってない。
あの頃の自分はこうなるとは思ってなかっただろう。
なにせあの頃の自分は先生が嫌いだった。
綺麗事しか言わない、一人一人見ているようで
見ていなかったような先生しかいなかったからだ。
もっとこうして欲しい、あぁして欲しい。
そんな思いも内気な自分は言えなかった。
だから自分が先生になってやって欲しかったことを
やり遂げようと決めた。
少しでも生徒が青春を謳歌できるような先生に...
語り部シルヴァ
『sweet memories』
これは初デートの時に初めて手を繋いだ写真。
これは文化祭の時に友達に茶化されながらも
撮ってもらった写真。
これは...
スライドすればするほど溢れかえるのはキミとの思い出。
喧嘩もしたけど、それ以上にキミと幸せな時間を過ごした。
抱きしめられた時のキミの温かさとか
デートの時の不器用ながらもエスコートしてくれる姿に
感じた愛らしさとか...
どれも素敵な思い出だ。
思い出を噛み締めるように一枚一枚タップして選択する。
写真を見る度にその時の思い出が脳裏に再生される。
あー...終わっちゃうなあ。
名残惜しいと感じてしまうが全部この場の感情だ。
全て消しますか?と携帯に問われ、
一瞬躊躇ったがはいを押す。
容量が軽くなったのかスラスラと動くスマホ。
さよなら。私の初恋。
甘いキラキラ日々は一瞬にして
真っ黒な苦い思い出に様変わりしてしまった。
語り部シルヴァ
『風と』
下り坂で自転車のペダルから足を離す。
どんどん加速して受ける風は勢いを増す。
人や車が来るのが少ないここだからこそできること。
春の日差しで火照った体が風によってどんどんと冷えていく。
心地いい...鳥やバイカーはこんな気分なんだろうか。
この風を受けたい。もっともっと風を浴びたい。
風といっしょに春を走り抜けたい。
けれど坂道は緩やかになっていく。
速度がどんどん落ちていく。
そしてあっという間に自転車は
ピタリと止まってしまった。
自転車から降りると風は僕を置いて
どこかへと吹いていってしまった。
語り部シルヴァ
『軌跡』
「ここも...」
獣道を進むと苔むした勇者の像をまた見つけた。
ただ手入れのされていない様を見る限りここら辺の人は
勇者のことをもうなんとも思っていないのだろう。
かつてこの世界を守った勇者。
勇者は自分の命が尽きるまでこの世界を旅して周り、
自分の像を作ることで平和の象徴にも
魔族の魔除けにもなると考えていた。
そんな昔話から数百年。
人々は勇者の有難みを忘れているように思えた。
勇者の像が手入れされていない。
つまり勇者が崇められていない...
なんて姑息な魔族が来てしまったら...?
もしものもしものために少し前から
勇者の像を手入れする旅を始めた。
そう、勇者の像を掃除しみんなを守るため。
...けど少しは勇者が辿った道のりを旅するワクワクも
ちょっとあるのは内緒だ。
語り部シルヴァ
『好きになれない、嫌いになれない』
私はわがままだ。
どんなときも隣にいてくれる幼馴染がいる。
映画を一緒に行ったり、親が危篤状態だった時も
何も言わず私の手を握ってくれる。
かけがえのない存在だ。
クラスメイトによく「なんで付き合わないの?」なんて
茶化されるのも慣れてしまった。
付き合う...想像できないから。と答えは決まっている。
そもそも幼馴染のことは好きなのかわからない。
ずっと隣にいるから家族のような安心感はあるものの、
クラスメイトの惚気話に私たちを当てはめても想像できない。
一時突き放して嫌いになろうと思ったけど
それも一日で我慢できず謝って事が済んだ。
私は幼馴染を振り回すわがままな人だ。
それでも隣にいてくれる幼馴染の恋人に私は値しない。
好きとも嫌いともとれない二人の距離。
それが私たちだ。
語り部シルヴァ