『cute!』
残業が長くてフラフラしながら帰る道中、
電灯が点滅する下で電柱に隠れた猫ちゃんを見つけた。
おそらく残業疲れによる鬼の形相のような顔で猫ちゃんを怖がらせるかもしれない。
だから遠目で猫ちゃんを見ようと薄暗い中しゃがんで猫ちゃんを見る。私に気づいて警戒しているからか電柱の影からじっとしている。
まんまるとしたフォルム。電灯の光で照らされる茶色い毛並み。
うーんここから見ても可愛い。
近くで見たらどんな顔しているんだろう。
いっぱい撫でたい。けど近づけない。
おやつでも持っていれば良かった。今度常備しておこう。
すると夜風が吹いて猫ちゃんが動き出した。
...かに見えたそれはコンビニのレジ袋だった。
私は相当疲れているようだ。
重い腰を持ち上げて家へと向かった。
語り部シルヴァ
『記録』
旅行に行くとお土産コーナーや
旅館に置いてある落書き帳をふと見てしまう。
とても丁寧な字で書かれた感想。
時は汚いけど元気さが伝わってくる内容。
カラフルな色を使ったイラスト。
様々な筆跡がここに集まっている。
色んな人がここに来て色んなことを書いている。
当たり前のことだが、
それを見るのがとても好きだ。
まるで一緒に旅をして、
気持ちを共有できてる気がして
嬉しいと思うのは私だけだろうか。
なんて頭で誰にも聞かれない独り言を
並べていると、今来てる観光地の落書き帳に
なんだか私も書きたくなってきた。
というのも私は見るだけで書くことが無い。
でもなぜか今日は書きたいと思った。
"お世話になりました。
素敵な場所でまた来たいと思います。"
書いてるところを見られたら恥ずかしいと感じて
殴り書きになってしまった。
こんな内容でも誰かと共有出来たらいいな。
そう願いながら観光地を早足で出ることにした。
語り部シルヴァ
『さぁ冒険だ』
"白紙だったノートの左上に初めて日付を書く。
最初というのは妙に丁寧さが意識づいて余計に字が変になる。
今日の日付、天気を書いて...何を書こうか。
『今日から旅の始まり。
思ったよりもワクワクよりきんちょうが強い。
どこへ行くかも決まってないから
とりあえず行ってみたかった場所へ行こうかな。まずは...』
とだけ書いた。
どこへ行くかは今決める。
そしてどこへ行ったかは明日の自分が書いてくれる。
完全に明日の自分に丸投げだ。
カフェの机に
行ってみたいリストにまとめていた場所を並べる。
滝だったり温泉だったり違う国だったり...
実際に見るとどんな感じなんだろう。
匂いは。温度は。風の匂いは。
考えるだけでこの冒険をより彩れるような気がしてきた。
よし、そろそろ行こう。
目的地を決めてカフェを後にした。"
語り部シルヴァ
『一輪の花』
ライターで火を付けると、勢いよく燃え上がり
キラキラとした火花が弾ける。
花火を見つめる君の目は火花が反射してキラキラしている。
夜中暇だったからこの友人を叩き起して
河川敷で花火をすることにした。
偶然昨年出来なかった花火セットを持っていた。
やるからには安全大事にとバケツと場所選びをしてくれた君。
なんだか君の方が楽しみだったんじゃない?
なんてからかい混じりで聞くと、
お前はすぐ危なっかしいことするからだ。
と河川敷の水を汲みながら君は答えた。
なんだかんだ面倒見のいい君に甘えてる。
君がいいと言ったんだから君を信じてるだけ。
「ねえ、これもやるの?」
花火を見つめながらぼーっとしていると君は
打ち上げ花火を持ってまさかと言う顔でこちらを見ている。
「やんなきゃ花火って言わないでしょ?」
火をつけて少しすると打ち上がった花火が小さく弾けた。
真っ暗な空に打ち上がった花は乾いた空に散り際を響かせた。
語り部シルヴァ
『魔法』
「...っくしゅ。」
両手は口を抑えれる体制じゃないから顔を
横にしてくしゃみする。
日中は暖かくなってきたけど、夜はまだまだ寒い。
バイクに乗っていると手が寒さでかじかむ。
もう寒いより痛いの方が強い。
あかぎれになるのだけはやだなー...
それでも夜風を浴びるのは気持ちいいからやめられない。
現実逃避で始めたツーリング。これがまた楽しい。
魔法の勉強で頭がいっぱいな脳を
この寒い風が吹き飛ばしてくれる。
帰りたいけどまだ走っていたい。
双方の気持ちが喧嘩していてどう仲裁しようかと悩みながら
走っていると下にコンビニの看板を見つけた。
仲裁方法はコンビニ寄って休憩ということにした。
「ありがとうございました〜」
こんな時間に頑張ってる店員さんはすごいなあと思いながら
買った肉まんとコーヒーを食べようとすると、
くしゃみがどこからか聞こえた。
「...? あ...」
コンビニの陰で震える少年を見つけた。
「やぁ少年。こんばんは。」
この時期なのに薄着で全身震えている...
何となく察したのでコーヒーと肉まんを少年に預ける。
「ちょっと待っててね。」
そう言うとコンビニに戻って暖かいお茶を買ってきた。
「はい。コーヒーは苦いだろうから
肉まんと一緒にお食べ。それと...」
カバンに入ってたおつかいで買った
毛糸の塊を少年に持たせる。
「えーと...呪文忘れちゃった。まあいいや。それっ。」
フィーリングで毛糸の塊に魔法をかける。
毛糸の塊はたちまち全身を覆うセーターへと変わった。
「私ができることはこれくらい。あとは頑張れるかな?」
涙目の少年は強く頷く。
「偉いね。頑張って。」
バイクのエンジンをかけて速度をあげて空を飛ぶ。
明日おつかいとあの少年の報告を...いや帰ってすぐやろう。
私の魔法は完璧ではない。だからあれが精一杯だ。
こういうことがあるならもっと魔法を勉強すべきだった。
そう後悔した見習いの私は明日から頑張ることに決めた。
今度はあの少年みたいな子を救えれるように。
語り部シルヴァ