『追い風』
汗の匂い、冷たい風。
背景から聞こえる声援。
試合終了まで残りあとわずか、
このままだとこっちが負ける。
空気が完全に押されている。
まずい...
体もそろそろガタが来ている。
それでもまだ持ってくれ...
汗は冷や汗に変わっていく気がした。
もし負けたら...なんて先に1人反省会を開きそうになる。
でもそんなことしている場合じゃない。
すると後ろからキャプテンの声が聞こえる。
「お前らー!まだまだこっからだぞー!」
怒った様子じゃなくとても楽しそうな声。
そうだ。そうじゃないか。まだまだ楽しめるじゃないか。
強ばっていた口元が緩くなって笑顔になった気がする。
こんな状況だからこそ楽しくぶつかり合わないと。
俺と同じ気持ちなのか仲間全員前へと走り出した。
残り2分。追い風に乗る勢いで審判のホイッスルが鳴り、
ボールを託された俺はゴール目掛けて走り出した。
語り部シルヴァ
『君と一緒に』
今日も乗り越えた。
片付けも終わり今から帰るところだ。
去年まではゆるい部活だったが、
顧問の先生が変わった途端ガチ勢のようなキツさになった。
部室の掃除、ラケットなどの備品の点検は毎日。
顧問の先生が来るまでに準備運動、ストレッチを終わらせる。
試合に全力で挑む学校は当たり前かもしれない。
それでも今までゆるゆるだった僕らからすれば
地獄の日々へと変貌した。
確かにキツイ、初日の翌日は筋肉痛で大変だったし、
まあまあ仲の良い仲間はあっさりやめてしまった。
僕もやめてしまいたいと何度も思った。
それでも...
「や、お疲れ様。今日も厳しかったねえ」
ヘトヘトな僕の隣に疲れたーと楽しそうな君が来る。
同じクラスで2人で部活に入ろうと決めた時から
仲良くしてくれる君。
最初は僕よりも上手く先生にもよく褒められていた。
そんな姿がかっこよくて魅力的だった。
だから僕も必死に努力して君と並べれる強さになった。
今じゃ部活内では強いタッグと呼ばれるほど。
君となら、どんなに厳しくても一緒に乗り越えられる。
君も同じように思ってくれていると嬉しいな...
雑談混じりでコンビニで買った肉まんを分け合いながら
明日も頑張ろうと意気込んだ。
語り部シルヴァ
『冬晴れ』
寒い澄んだ空。
雲ひとつない青空の下は風を浴びるにはまだ早い。
マグカップを持つ手は手のひらは暖かいものの、
手の甲側は冷たい風が刺さる。
あかぎれや指が割れそうだ。後でハンドクリームを塗ろう。
今日みたいな日は外を歩けば風は寒く日差しは暑いだろう...
寒いと外に出たくない出不精の自分には関係ない話だ。
必要な時以外外に出てないから正月と相まって
運動不足がすごいことになっている。
いい加減...動かないとね。
そう思いつつ明日からにしようと頭は既に
引きこもる選択をしていた。
今日は...やることもないからマグカップと一緒に
ベランダで白い息でも吐いて寒さを楽しもう。
語り部シルヴァ
『幸せとは』
仕事の休憩中、どデカいため息をついた。
仕事疲れとかそんなのじゃない。もっと...
「どうした?大丈夫か?」
背中から声をかけられ振り向くと上司がいた。
「あ!お疲れ様です!すみません見苦しい所を...」
「気にすんなよ。で、なにかあったのか?」
上司に問われなんでもないというのも
失礼かと思い心情を打ち明けた。
「特にこれ!って訳じゃないんですけど、
帰ってお風呂にご飯食べて寝てまた出勤...
充実はしてるんですけど、もっとこう...
幸せなことないかなって。」
「あー...確かにわかるな...趣味とかないのか?」
「あるにはあるんですけど、
ゲームとかそんなのしかなくて。」
「自分の趣味をそんなの扱いするな。
お前の趣味はお前しか理解できないんだから
もっと趣味を誇らしく持つんだ。」
「じゃあ...家に帰ったらゲーム三昧でも...?」
「自分の趣味に没頭できるってことじゃないか!
素晴らしいことだ!」
そう言いながら軽く背中を叩いてくる上司に
気分が少し晴れる。
「じゃ、私もお昼にしてくる。お互い昼から頑張ろうな。」
そう言って離れる上司に思わず問いかける。
「あの!上司にとって幸せってありますか!」
一瞬足を止めた上司は
「お前みたいに悩んでるやつに笑顔になってもらうことだ」
と言ってこちらを振り向かず歩いていった。
語り部シルヴァ
『日の出』
やけに眩しくて目を覚ます。
部屋は暗いけどカーテンの隙間から
日差しが直接差し込んでいるようだ。
確か友達に誘われて丸1日ゲームしていたはず...
途中でみんなして寝落ちしていたようだ。
マルチプレイができるゲーム機の画面は
どれも真っ暗になっている。
かなりのどんちゃん騒ぎになって我ながら珍しく
はしゃいだ気がする。
みんなの寝顔を見つつ昨晩のことを思い返すと
自然と笑顔になれる。
…と思ったが1人足りない。
キョロキョロと見渡すとトイレから物音がした。
どうやら1番じゃなかったようだ。
「お。起きた起きた。おはよう。」
「あー、おはよう。あけおめだね。」
「うん、ことよろ。」
他を起こさぬように小声で新年の挨拶を済ませて
軽く雑談する。
今年の年末もこんな風に過ごせれたらいいな。
そんな話をしつつ2人でベランダに出て差し込む陽の光が
部屋に入らないようにカーテンをしっかりと閉める。
日の出の光はねぼすけたちにはお預けだ。
語り部シルヴァ