『プレゼント』
残業続きで今日も定時には帰れなかった。
気付けばすでにみんな帰っていて僕だけしかいなかった。
続きは明日やるか...そう思いデータを保存して退勤する。
廊下を歩いていると、人影を見た気がした。
やれやれ、疲れが随分と溜まっているようだ...
肩を動かしながら歩く。
退社すると外の異常な寒さにまた肩がこりそうになる。
もう日付が変わりそうなのに街は働いている人が
ちらほらいる。今から仕事の人もいるんだろうか...
疲れに疲れた体は右へ左へとふらふら進む。
「そこのお兄さん。よければどうぞ!
新作のドリンクお配りしてます!」
歩いていると急に視界にドリンクが差し出された。
伸びた手を辿るように顔を見つめる。
優しそうな店員さんのような人が笑顔で差し出していた。
「え、あぁ、ありがとうございます...」
受け取り最大限の笑顔をしたつもりでまたフラフラと歩く。
後ろから
「お仕事お疲れ様です!明日も頑張ってくださいねー!」
と大声が聞こえた。
振り返りお辞儀してまた歩き出す。
優しい言葉と応援、貰ったドリンク剤に
寒さが少し和らいだ気がした。
語り部シルヴァ
『ゆずの香り』
普段は湯気しかないお風呂が今日は
ほんのりゆずの香りが広がる。
冬至が訪れたのでゆず風呂をやってみた。
実家だと自然とあったが一人暮らしになると
全然やってこなかった。
生活に余裕が出来てきたのでやってみることに。
久しくやってなかったゆず風呂は
普段のお風呂を豪華にさせた。
さっぱりする柑橘系の匂いは清涼感を引き立てる。
それでいて体を芯まで温めてくれるような感覚。
肩までしっかりと浸かると普段よりも
じんわり温かくなっていくのを感じる。
「...はぁあ。」
情けない声が漏れてしまう。
ゆずをひとつ入れるだけでもこんなに違ったのか...
懐かしくも初めての経験のような気分を味わえた。
明日も仕事だけど普段より頑張れそうだ。
ただ...気持ちよすぎてお風呂から出たくなくなってきた。
ご飯も洗濯も終わらせてないから出ないとだけど...
あと少し...あと少しだけお風呂に浸かっていよう。
語り部シルヴァ
『大空』
思い出すのは昔の夢。
小さい頃幼なじみと共に砂埃まみれのこの閉鎖された国から
飛行機で脱出してやるんだと腕を組み約束したあの日々。
結局は実験中に幼なじみは事故で飛行機ごと木っ端微塵に、
俺は国に捕まり親を人質に捕らえられたが、
生かす代わりに国の犬に。
この腐りきった国のために生きるなんてまっぴらごめんだ。
それでも親を救う方法はこれだけ。
何も考えず何も感じず言われたことをやればいい。
それだけなんだ。
そう言い聞かせて過去の俺たちのように反抗しようとする者が
いないかパトロールを命じられ辺りを歩く。
俺が歩けば談笑する者は黙り込み、
俺を見る人の視線は冷たく恐怖に怯えている。
そんな中、無邪気な話し声が聞こえる。
割って入ろうとした親を押しのけドアを強引に開ける。
「あ、お兄ちゃん!」
まだ脱出を試みようとしたときに
仲良くなった年下の子たちだ。
「あのねあのね。
僕亡くなったお兄ちゃんみたいに飛行機を作ってね!
それで...」
元気に話すその姿は幼なじみのあいつを思い出させる。
本当はやめろと怒鳴りたい。
それでもあいつに動かされた心がそれを抑止する。
「そっか...今日俺が来たからいいものの、
他の奴らが来るかもしれないから周りが静かになったら
お前らも静かにするんだぞ。」
そう言って手袋を外し頭を撫でる。
笑顔で元気よくはーいと返事する子たちを見て家を出る。
外で怯えながら待っている大人たちに
「もう少し警戒心を持つようにと言っておいた。
気をつけるように。」
と伝えパトロールに戻る。
見上げた空は相変わらず汚く青空が見えない。
それでも差し込む太陽の光はあいつみたいに眩しく、
帽子のつばを持ち空を見ないように顔ごと伏せた。
大空を目指した過去も見えなくなるほど帽子を深く被って
また歩き出した。
語り部シルヴァ
『ベルの音』
綺麗なベルの音が3回鳴る。
空は快晴、式は順調に進んでいる。
cmやドラマなどでよく見る光景が今目の前で流れている。
いとこの結婚式。
大人になってから莫大な金額を使うと聞いた時は
頭がショートしてしまったが、
実際に見るとその金額分以上の価値があるなあと思った。
まあ...自分が開いた結婚式じゃないから
そう思えるのかもしれないが...
本当は使ったお金についてとか
今後についてそれどころじゃないかもしれない...
まあ今はこの幸せな時間に浸れているといいな...
自分はあんなふうに誰かと結婚することは無いと思ってるし
貯金も式を開けるほどの余裕は無い。
けれど、もしそんな自分でも愛してくれる人がいるなら...
きっと死ぬ物狂いでお金を集めるかもしれない。
そんなもしもの世界も
いとこの眩しい姿に薄れて消えていった。
馬鹿げた悩みより今は身内のこれからの幸せを祈ろう。
そう思いつつ微笑み合ういとこたちを見守るように眺めた。
語り部シルヴァ
『寂しさ』
最近ネガティブになることが多い。
街ゆくカップルに嫉妬したり些細なことで
モヤッと来たり夜が急に怖くなったり。
これはあれだろう。『人肌恋しい』と言うやつかもしれない。
いや、そんなことは無いはず...
ずっと...今までずっと1人だった。
だからそんな事思うのはおかしい話だ。
確かに最近趣味が合う友達が出来た。
いつもはすぐ離れていってしまうのに、
長い付き合いになりそうだ。
だから...?
そんなちょっと浮かれている自分に嫌気がさす。
それと同時に気づいてなかった自分の気持ちに
正直になると余計に外の寒さが染みる気がする。
...人肌恋しい...のか...?
はぁ。こうなったらあの友達に責任取ってもらおうかな。
スマホを取り出して友達に連絡する。
"ねえ、クリスマスって空いてる?"
寒い中ただ1人、寒さを上書きするような熱を
帯びていただろう。
語り部シルヴァ