行かないで
私は幸せだ...彼氏が向かいに居て
今欲しいものが向こうから流れてくる。
もうお腹いっぱいなのにそれでも体が求めてしまう。
手が勝手に動いて取ってしまう。
そんな私を見て彼が笑う。
あー...すごく眩しい。
でもさすがに次流れて来たら最後にしよう。
さすがに...苦しいや。
幸せすぎるのも苦しいんだ...。
そう思いながら手を伸ばしたが...
タイミングがズレてしまった。
欲しかった"それ"はそのまま流れて行ってしまった。
待って...!!行かないで...!!
私の情けない姿を見て彼はまた笑う。
「回転寿司に来てここまで一喜一憂する人初めて見たよ。」
語り部シルヴァ
どこまでも続く青い空
旅路の途中に茶屋を見つけた。
団子と茶を頼み縁台に腰掛ける。
思っていたよりも足は疲れていたらしく
座った途端足に重みを感じた。
次で宿を探そう。そう思いながらも空を見上げる。
雲ひとつない空はとても綺麗で手に取れるんじゃないかと
思うくらい青い。山がなければ永遠と続いていそうだ。
山が化粧づいてきて綺麗な山吹色になっている。
あと少しすれば紅葉が映えるだろう。
「お待たせ致しました。」
来た団子を1口。程よい甘さと弾力が頬を溶かすようだ。
お茶も苦みが団子と合わさって美味い...
さて、もうひと歩きだ。
宿を目指すのもいいがこの青い空の終点を
見つけるのも面白いかもしれない。
青い空、吹き抜ける風、色付く景色。
秋を噛み締めながら歩き始めた。
語り部シルヴァ
衣替え
外を歩く人達は長袖を着ている人が増えた。
学生はカーディガンを、社会人はスーツを。
ここ天界も一応四季の変化はあって制服が長袖に...
なんてことはなく、長袖の制服なんて着てると
汗だくになるくらいに大忙しだった。
8月の終わり...夏休み明けからどうも仕事が殺到する。
人間界はみんな疲れているようで
こっちの世界に来る人が増えてきた。
それも不思議なのが悪人がほぼ居ないことだ。
こちらにやってきた人間は
根っからの真面目だったり人に優しくできる人間だ。
各々にそれぞれの人生がある。
一人一人の人生を見ながら天国か地獄かに送る仕事も
大変だが、それを案内するのも大変だ。
僕自身カーディガンが好きだから
早く着ながら下界を散歩できる時間が欲しい。
だから....辛いのはわかるけど、死ぬ前に一旦やれることは全部やっとこうね?
語り部シルヴァ
始まりはいつも
「ん"ん"。あー、あー。」
喉の調子を整える。
寝起きだと声があんまり出ないから念入りに。
朝が寒く感じるこの頃は特に。
やりすぎて逆に喉を痛めないように...
よし。録音ボタンを押して...
「おはよ。寒くなったね。風邪に気をつけてね。」
少し間を開けて録音ボタンを止める。
最後に自分の声を確認する。
...ここだけはどうも好きになれない。
でも気持ち悪い言い方になってないか、滑舌は大丈夫か。
ちゃんとした声を届けたいから我慢する。
よし、大丈夫そう。
録音した音声をメッセージに届ける。
朝起きて最初に聞く声は僕がいいと彼女は
いつも嬉しそうに言ってくれる。
その期待に応えるため今日も僕は
静かな朝を彼女よりも早く迎える。
語り部シルヴァ
すれ違い
よく兄とは仲がいいと昔から言われていた。
それを俺たち兄弟は誇りに思っていた...
だが俺たちが大人に近づいていくにつれて
接することも減ってきた。
その時に気づいた。
俺たちはお互いの好きなことや趣味、
考え方についてあまり知らないのでは...?と。
実際今の兄がどんな価値観を持っているのかは
偏見でしか知らない。
それからある日、事件は起きた。
兄は俺のためと言いながらも俺の大切なものを侮辱した。
そこから関係は修復することなく劣悪になっていった。
そこで俺は気づいた。
昔から仲が良かったわけじゃない。何も知ろうとしなかったからこそ喧嘩が起きなかった。
とうの昔から俺たちはどこかですれ違っていたようで、
偽りの仲の良さに誰も気付かなかったんだ。
語り部シルヴァ