→空
海のない内陸出身、且つ2階建てひしめく住宅街育ちの私にとって、空は切り取られた小さな破片だった。
旅行の移動手段で、初めてフェリーを利用した。
大海を割るフェリー。そして頭上に、空。
「空って広いな」としばらく見ていたら、首が痛くなった。
テーマ; 空はこんなにも
→子供時代は遥か遠い過去なので……
当時の夢を思い出すことは、古い地層を掘り起こす考古学者のお仕事と同じような労力が必要です。
琥珀に閉じ込められているかもしれないし、化石になっているかもしれない。もしくは炭化してボロボロかも。
……ところで、もしそれが叶っていたら、現役の輝きを保持しているのかしら?
テーマ; 子供の頃の夢
→短編・此処に居ること。
初めての恋が実ったとき、僕は宝くじの1等に当たるよりもラッキーだと思った。
彼女は中学校の同級生で、まるでファンタジー小説の妖精のように儚げで繊細な少女だった。
彼女は事あるごとに言った。
「どこにも行かないで」
どういう意味なのかはっきりしないまま、僕は頷いた。その約束に忠実であることを、彼女への想いの証にしようと心に固く誓った。
彼女は、大学進学を期に上京した。引っ越し当日、泣きながら彼女は言った。
「休みには絶対に戻ってくるから」
僕も泣きながら頷いた。列車が遠ざかり見えなくなるまで、僕はずっと手を振った。
あれから何年が過ぎただろう。彼女は戻ってこない。連絡先も分からなくなってしまった。
僕は友人知人に彼女のことを聞いて回ったけれど、誰もが版で押したように「知らない」としか答えなかった。
彼女は不誠実な人ではない。今も昔と変わらず妖精のような清らかな人だ。
だから僕は、どこにも行かないで、ここでずっと彼女を待っている。
テーマ; どこにも行かないで
→ライバル
僕は走る。
速く、もっと速く!
全速力!!!
君の背中を追って、
駆け上って、
通り越して、
振り返る。
今度は君が僕の背中を追う番だよ。
よーいどん!
速くおいでよ!
テーマ; 君の背中を追って
→短編・花占い
花弁に思いを込めて、1枚ずつそっと引き抜く。
「……好き、嫌い、好き――」
カーネーションを選んだので、恋占はまだ始まったばかり。好きな人を思い浮かべながら、さらに花弁に想いを乗せようとした、ちょうどその時。
「……――あっ!」
ひょっこり伸びてきた手が、花を一気にもいでしまった。
「辛気臭いなぁ! 『好き』で留めてあげたから、大丈夫! 告白しておいで!」
私の恋の応援団を自称する彼女は、私の背中をバン!と叩いて、毟った花を天に放り上げた。
花弁がひらひらと舞い落ちる。花のシャワーを浴びて、彼女は快活な笑顔を私に向けてた。その笑顔と佇まいがあまりに眩しすぎて、私は息を呑んだ。
もう彼女から目が離せない。なんて美しくチャーミングなんだろう。
心をいっぱいに占めていた好きな人が消えてゆく。今はもう、豪快でゴージャスな彼女の笑顔しか目にも心にも映らない。
「えっと、私、あなたが好き、かも……」
自分の声を耳にして、我に返った。
彼女はぽかんと私を見ている。どうしよう! とんでもないことを言ってしまった! 顔が、全身が焼けるように熱い。呆れられた。嫌われる!
彼女は「えーっと……」と口ごもって、続けた。「応援団へのファンサ……じゃないよねぇ??」
私は何も言えずに、ただ頷いた。目頭に涙が熱い。きっと涙だ。
「ほう! それは、まぁ、そういうこともある、のか?? とりあえず、ありがとうかな?? ちょっと保留案件でよろしく」
彼女はさっきと同じ笑顔で笑い、私の手を取った。
「好き、嫌いでいったら、君のこと『好き』だし。でもレンアイ系で考えたことなかったからさ。ごめん、1日だけ待って。シンケンに考える時間ちょうだい」
ブンブンと手を振る。まるで私の目の端に浮かんだ涙を振り払うように。
そして、あっけらかんと彼女は笑っている。
彼女の背後に、降り落ちたはずのカーネーションの花弁が、まだ舞っているように見えた。
テーマ; 好き、嫌い
カーネーション・花言葉『無垢で深い愛』