一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・此処に居ること。

 初めての恋が実ったとき、僕は宝くじの1等に当たるよりもラッキーだと思った。
 彼女は中学校の同級生で、まるでファンタジー小説の妖精のように儚げで繊細な少女だった。
 彼女は事あるごとに言った。
「どこにも行かないで」
 どういう意味なのかはっきりしないまま、僕は頷いた。その約束に忠実であることを、彼女への想いの証にしようと心に固く誓った。
 彼女は、大学進学を期に上京した。引っ越し当日、泣きながら彼女は言った。
「休みには絶対に戻ってくるから」
 僕も泣きながら頷いた。列車が遠ざかり見えなくなるまで、僕はずっと手を振った。
 あれから何年が過ぎただろう。彼女は戻ってこない。連絡先も分からなくなってしまった。
 僕は友人知人に彼女のことを聞いて回ったけれど、誰もが版で押したように「知らない」としか答えなかった。
 彼女は不誠実な人ではない。今も昔と変わらず妖精のような清らかな人だ。
 だから僕は、どこにも行かないで、ここでずっと彼女を待っている。

テーマ; どこにも行かないで

6/23/2025, 4:42:19 AM