→短編・雨と洗濯物
マンションの高層階に住んでいると、雨音で雨に気がつくことが少なくなる。雨音は地面に打って鳴るものなのだ、と知りました。
じゃあ、どうやって雨を知るかというと、「匂い」や「湿度」に頼ります。湿度を含んだホコリが鼻に詰まるような匂い。あの香りが周辺に立ち込めるや否や、私は洗濯物を取り入れます。洗濯物の二度洗いはゴメンですから。不経済だし、なんせ面倒くさい。私はこの世でメンドクサイことが何よりも嫌いなのです。
だから、たとえあなたと喧嘩してようが、あの香りを鼻で感じたら、さっきまで泣いていた顔に涙の跡を貼り付けながらも、私は洗濯物に猛ダッシュするのです。
あなたは「よく雨に気がついたね」と馬鹿にしたように笑います。
「あなただってメンドクサイ仕事の対処法は持ってるでしょう?」
私は取り込んだ洗濯物をソファーにかけました。部屋中にお日様と洗濯洗剤の香り。外では雨が降り出しました。雨の香りは最初だけ、後はもう湿度がすべてを流してゆく。
「そうだね」
しおらしくあなたが洗濯物を畳み始めたので、私はキッチンでコーヒーを淹れる準備をすることにしました。
喧嘩はもう終わりです。
テーマ; 雨の香り、涙の跡
→さぁさぁどうぞ、
すべては貴方次第でございます。
但し、よぉくお考えなってくださいましね。
これは貴方の糸ですので、
断ち切るなり、
ゴミくず入れに捨てるなり、
後生大事に袂に仕舞い込むなり、
縫い糸にするなり、
使い方は貴方のご自由に。
まぁ! 貴方!
なぜ糸を斯様に強くお引きになるのです?
糸を辿った先のことなど、
お考えにならないで。
来年の事を言えば鬼が笑う、
そんな諺を
貴方もご存知でらっしゃるでしょう?
テーマ; 糸
→無風、居心地が悪い。
唐突に、風が凪いだ。
まるで扇風機のスイッチが切れたように。
それまで寒いくらいに吹いていて、
不愉快さまで感じていたのに、
いざその風が止んでしまうと、
どうしようもなく不安になった。
空に手を伸ばす。
一か八か、
扇風機の電源ボタンを探す。
しかし、
人間の手の届く場所にあるだろうか?
ないだろうな。
無風、
居心地が悪い。
テーマ; 届かないのに
→メーデー
船舶『私』号は、発熱で操作不能!
メーデー! メーデー!
本船は、只今パンドラ海域に迷い込んだ模様!
嗚呼!
幽霊船『黒歴史』号が!!!
メーデー! メーデー! メ………――
テーマ; 記憶の地図
あきませんわ、
熱がマジで上がってきよった。
→混沌に昏倒する。
風邪を引いた。今時分の風邪は何とやら云うけれど、まだ梅雨だもんとグズる、そんな夏風邪。
冬場よりも高い気温のため、熱に浮かされると途端に汗だくになるので、寝不足が続いている。
さぁ、この混沌をどのようにやり過ごそうか。
マグカップにハチミツ(輸入食材店の安いヤツ)少々、レモン汁(キャロットケーキのフロスティングの残り)を1センチくらい、シナモン(これもキャロットケーキの残り)おろし生姜(すりおろして冷凍しといた)ちょびっと、そこにお湯。ホットレモネードの出来上がり。
積読を漁る。取り出したるは、中江兆民著『三酔人経綸問答』。発熱状態は、酔っぱらいの政治談義を読むに、ほど良い臨場感が味わえる、はず。よしよし、思った通りだ。ふわふわと、人様の政治哲学に触れる。良い気分だ。次に選んだ本は、ベンジャミン・クリッツァ―『モヤモヤする正義』だ。今の私は正義云々よりも鼻がモヤモヤしてるけど。
あ~、鼻セレブ、ほしい。アカン、ボーっとしてきた。レモネードも飲み干したし、寝るわ。
テーマ; マグカップ