一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・雨と洗濯物

 マンションの高層階に住んでいると、雨音で雨に気がつくことが少なくなる。雨音は地面に打って鳴るものなのだ、と知りました。
 じゃあ、どうやって雨を知るかというと、「匂い」や「湿度」に頼ります。湿度を含んだホコリが鼻に詰まるような匂い。あの香りが周辺に立ち込めるや否や、私は洗濯物を取り入れます。洗濯物の二度洗いはゴメンですから。不経済だし、なんせ面倒くさい。私はこの世でメンドクサイことが何よりも嫌いなのです。
 だから、たとえあなたと喧嘩してようが、あの香りを鼻で感じたら、さっきまで泣いていた顔に涙の跡を貼り付けながらも、私は洗濯物に猛ダッシュするのです。
 あなたは「よく雨に気がついたね」と馬鹿にしたように笑います。
「あなただってメンドクサイ仕事の対処法は持ってるでしょう?」
 私は取り込んだ洗濯物をソファーにかけました。部屋中にお日様と洗濯洗剤の香り。外では雨が降り出しました。雨の香りは最初だけ、後はもう湿度がすべてを流してゆく。
「そうだね」
 しおらしくあなたが洗濯物を畳み始めたので、私はキッチンでコーヒーを淹れる準備をすることにしました。
 喧嘩はもう終わりです。

テーマ; 雨の香り、涙の跡

6/19/2025, 3:37:28 PM