→短編・花占い
花弁に思いを込めて、1枚ずつそっと引き抜く。
「……好き、嫌い、好き――」
カーネーションを選んだので、恋占はまだ始まったばかり。好きな人を思い浮かべながら、さらに花弁に想いを乗せようとした、ちょうどその時。
「……――あっ!」
ひょっこり伸びてきた手が、花を一気にもいでしまった。
「辛気臭いなぁ! 『好き』で留めてあげたから、大丈夫! 告白しておいで!」
私の恋の応援団を自称する彼女は、私の背中をバン!と叩いて、毟った花を天に放り上げた。
花弁がひらひらと舞い落ちる。花のシャワーを浴びて、彼女は快活な笑顔を私に向けてた。その笑顔と佇まいがあまりに眩しすぎて、私は息を呑んだ。
もう彼女から目が離せない。なんて美しくチャーミングなんだろう。
心をいっぱいに占めていた好きな人が消えてゆく。今はもう、豪快でゴージャスな彼女の笑顔しか目にも心にも映らない。
「えっと、私、あなたが好き、かも……」
自分の声を耳にして、我に返った。
彼女はぽかんと私を見ている。どうしよう! とんでもないことを言ってしまった! 顔が、全身が焼けるように熱い。呆れられた。嫌われる!
彼女は「えーっと……」と口ごもって、続けた。「応援団へのファンサ……じゃないよねぇ??」
私は何も言えずに、ただ頷いた。目頭に涙が熱い。きっと涙だ。
「ほう! それは、まぁ、そういうこともある、のか?? とりあえず、ありがとうかな?? ちょっと保留案件でよろしく」
彼女はさっきと同じ笑顔で笑い、私の手を取った。
「好き、嫌いでいったら、君のこと『好き』だし。でもレンアイ系で考えたことなかったからさ。ごめん、1日だけ待って。シンケンに考える時間ちょうだい」
ブンブンと手を振る。まるで私の目の端に浮かんだ涙を振り払うように。
そして、あっけらかんと彼女は笑っている。
彼女の背後に、降り落ちたはずのカーネーションの花弁が、まだ舞っているように見えた。
テーマ; 好き、嫌い
カーネーション・花言葉『無垢で深い愛』
→短編・雨と洗濯物
マンションの高層階に住んでいると、雨音で雨に気がつくことが少なくなる。雨音は地面に打って鳴るものなのだ、と知りました。
じゃあ、どうやって雨を知るかというと、「匂い」や「湿度」に頼ります。湿度を含んだホコリが鼻に詰まるような匂い。あの香りが周辺に立ち込めるや否や、私は洗濯物を取り入れます。洗濯物の二度洗いはゴメンですから。不経済だし、なんせ面倒くさい。私はこの世でメンドクサイことが何よりも嫌いなのです。
だから、たとえあなたと喧嘩してようが、あの香りを鼻で感じたら、さっきまで泣いていた顔に涙の跡を貼り付けながらも、私は洗濯物に猛ダッシュするのです。
あなたは「よく雨に気がついたね」と馬鹿にしたように笑います。
「あなただってメンドクサイ仕事の対処法は持ってるでしょう?」
私は取り込んだ洗濯物をソファーにかけました。部屋中にお日様と洗濯洗剤の香り。外では雨が降り出しました。雨の香りは最初だけ、後はもう湿度がすべてを流してゆく。
「そうだね」
しおらしくあなたが洗濯物を畳み始めたので、私はキッチンでコーヒーを淹れる準備をすることにしました。
喧嘩はもう終わりです。
テーマ; 雨の香り、涙の跡
→さぁさぁどうぞ、
すべては貴方次第でございます。
但し、よぉくお考えなってくださいましね。
これは貴方の糸ですので、
断ち切るなり、
ゴミくず入れに捨てるなり、
後生大事に袂に仕舞い込むなり、
縫い糸にするなり、
使い方は貴方のご自由に。
まぁ! 貴方!
なぜ糸を斯様に強くお引きになるのです?
糸を辿った先のことなど、
お考えにならないで。
来年の事を言えば鬼が笑う、
そんな諺を
貴方もご存知でらっしゃるでしょう?
テーマ; 糸
→無風、居心地が悪い。
唐突に、風が凪いだ。
まるで扇風機のスイッチが切れたように。
それまで寒いくらいに吹いていて、
不愉快さまで感じていたのに、
いざその風が止んでしまうと、
どうしようもなく不安になった。
空に手を伸ばす。
一か八か、
扇風機の電源ボタンを探す。
しかし、
人間の手の届く場所にあるだろうか?
ないだろうな。
無風、
居心地が悪い。
テーマ; 届かないのに
→メーデー
船舶『私』号は、発熱で操作不能!
メーデー! メーデー!
本船は、只今パンドラ海域に迷い込んだ模様!
嗚呼!
幽霊船『黒歴史』号が!!!
メーデー! メーデー! メ………――
テーマ; 記憶の地図
あきませんわ、
熱がマジで上がってきよった。