一尾(いっぽ)in 仮住まい

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6/20/2025, 4:41:38 PM

→短編・花占い

 花弁に思いを込めて、1枚ずつそっと引き抜く。
「……好き、嫌い、好き――」
 カーネーションを選んだので、恋占はまだ始まったばかり。好きな人を思い浮かべながら、さらに花弁に想いを乗せようとした、ちょうどその時。
「……――あっ!」
 ひょっこり伸びてきた手が、花を一気にもいでしまった。
「辛気臭いなぁ! 『好き』で留めてあげたから、大丈夫! 告白しておいで!」
 私の恋の応援団を自称する彼女は、私の背中をバン!と叩いて、毟った花を天に放り上げた。
 花弁がひらひらと舞い落ちる。花のシャワーを浴びて、彼女は快活な笑顔を私に向けてた。その笑顔と佇まいがあまりに眩しすぎて、私は息を呑んだ。
 もう彼女から目が離せない。なんて美しくチャーミングなんだろう。
 心をいっぱいに占めていた好きな人が消えてゆく。今はもう、豪快でゴージャスな彼女の笑顔しか目にも心にも映らない。
「えっと、私、あなたが好き、かも……」
 自分の声を耳にして、我に返った。
 彼女はぽかんと私を見ている。どうしよう! とんでもないことを言ってしまった! 顔が、全身が焼けるように熱い。呆れられた。嫌われる! 
 彼女は「えーっと……」と口ごもって、続けた。「応援団へのファンサ……じゃないよねぇ??」 
 私は何も言えずに、ただ頷いた。目頭に涙が熱い。きっと涙だ。
「ほう! それは、まぁ、そういうこともある、のか?? とりあえず、ありがとうかな?? ちょっと保留案件でよろしく」
 彼女はさっきと同じ笑顔で笑い、私の手を取った。
「好き、嫌いでいったら、君のこと『好き』だし。でもレンアイ系で考えたことなかったからさ。ごめん、1日だけ待って。シンケンに考える時間ちょうだい」
 ブンブンと手を振る。まるで私の目の端に浮かんだ涙を振り払うように。
 そして、あっけらかんと彼女は笑っている。
 彼女の背後に、降り落ちたはずのカーネーションの花弁が、まだ舞っているように見えた。

テーマ; 好き、嫌い
 カーネーション・花言葉『無垢で深い愛』

6/19/2025, 3:37:28 PM

→短編・雨と洗濯物

 マンションの高層階に住んでいると、雨音で雨に気がつくことが少なくなる。雨音は地面に打って鳴るものなのだ、と知りました。
 じゃあ、どうやって雨を知るかというと、「匂い」や「湿度」に頼ります。湿度を含んだホコリが鼻に詰まるような匂い。あの香りが周辺に立ち込めるや否や、私は洗濯物を取り入れます。洗濯物の二度洗いはゴメンですから。不経済だし、なんせ面倒くさい。私はこの世でメンドクサイことが何よりも嫌いなのです。
 だから、たとえあなたと喧嘩してようが、あの香りを鼻で感じたら、さっきまで泣いていた顔に涙の跡を貼り付けながらも、私は洗濯物に猛ダッシュするのです。
 あなたは「よく雨に気がついたね」と馬鹿にしたように笑います。
「あなただってメンドクサイ仕事の対処法は持ってるでしょう?」
 私は取り込んだ洗濯物をソファーにかけました。部屋中にお日様と洗濯洗剤の香り。外では雨が降り出しました。雨の香りは最初だけ、後はもう湿度がすべてを流してゆく。
「そうだね」
 しおらしくあなたが洗濯物を畳み始めたので、私はキッチンでコーヒーを淹れる準備をすることにしました。
 喧嘩はもう終わりです。

テーマ; 雨の香り、涙の跡

6/18/2025, 3:44:44 PM

→さぁさぁどうぞ、
  すべては貴方次第でございます。
 但し、よぉくお考えなってくださいましね。

これは貴方の糸ですので、
    断ち切るなり、
   ゴミくず入れに捨てるなり、
 後生大事に袂に仕舞い込むなり、
     縫い糸にするなり、
   使い方は貴方のご自由に。

まぁ! 貴方!
   なぜ糸を斯様に強くお引きになるのです?
糸を辿った先のことなど、
   お考えにならないで。

来年の事を言えば鬼が笑う、
  そんな諺を
  貴方もご存知でらっしゃるでしょう?
  
テーマ; 糸

6/17/2025, 4:02:24 PM

→無風、居心地が悪い。

唐突に、風が凪いだ。
まるで扇風機のスイッチが切れたように。

それまで寒いくらいに吹いていて、
不愉快さまで感じていたのに、
いざその風が止んでしまうと、
どうしようもなく不安になった。

空に手を伸ばす。
一か八か、
扇風機の電源ボタンを探す。
しかし、
人間の手の届く場所にあるだろうか?
ないだろうな。

無風、
居心地が悪い。

テーマ; 届かないのに

6/16/2025, 12:49:38 PM

→メーデー

船舶『私』号は、発熱で操作不能!
メーデー! メーデー!
本船は、只今パンドラ海域に迷い込んだ模様!
嗚呼! 
幽霊船『黒歴史』号が!!!
メーデー! メーデー! メ………――
 

テーマ; 記憶の地図

 あきませんわ、
  熱がマジで上がってきよった。

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