一尾(いっぽ)in 仮住まい

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3/30/2025, 2:52:07 AM

→短編・
 あなたのお家に眠っているお宝はありませんか?

 ヴェロニカ・マリシュヴァ夫人は、世界最大のシャンデリアメーカーの創始者である。
 夫人の涙結晶は、美しく整ったティアドロップ型をしており、特殊なプリズム物質を内包している。周囲に虹を放つような輝きを持ち、結晶ランクは3S 。涙結晶愛好家の推薦の的であり、非常に高値で取引されている。
 陽気で遊び心にあふれた夫人は、極稀に自身の涙結晶を自社のシャンデリアに仕込むことがあるという。
 これまでに、家庭用の簡易なものから絢爛豪華な一点ものなど品質を問わずに見つかっている。

 このラッキーな涙を見つけた方は、是非当店にご報告を! 高価買取いたします。

テーマ; 涙

3/28/2025, 4:56:27 PM

→短編・日高くんは料理が得意だ。

「里芋、買ってきた」
 日高くんは私の部屋に上がるなり、キッチンのシンクに焦げ茶色の土付き里芋をゴロゴロと放り込んだ。シンクに転がるクマの毛の塊のような里芋から土の香りがする。
「どうするの?」
 大学に入って一人暮らしを始めたばかりの私には強敵そうな食材。里芋とか、お母さんの料理分野じゃん。
「煮る」
 日高くんはボソボソとぶっきらぼうに答えて料理を始めた。里芋の土を洗い、上下を切り落としたあと、オレンジの皮を剥くように上から下へと包丁を入れる。クマの毛玉から、生成り色の芋が現れた。
「ちょっとどいて」
 日高くんは私を押しのけ、鍋に出汁を入れた。彼が作っている昆布と煮干しの出汁は、いつでも冷蔵庫に保管されている。確実に住人の私よりも日高くんのほうがこのキッチンを使いこなしている。
 あっという間に里芋は鍋の中へ。しばらくすると私の1LDK の部屋にいい香りが漂い始めた。
「これからどうする?」
「鍋、見てる」
 日高くんは相変わらず素っ気ない。好きなことに集中したいオーラがにじみ出ている。
 ふむ、どうやら私の彼氏は何か良からぬことがあったのだなと見当を立てた。よしよし、思う存分料理に勤しみ給え。
 私は彼をキッチンに残して、リビングでまったりすることにした。

 日高くん定食の夕飯。炊きたてご飯に白菜の浅漬け、鰆の西京焼き、根菜の味噌汁と里芋の煮物。
「今日は煮物がよくできた」
 満足気に日高くんは呟いた。
「日高くんが作るご飯はいっつも美味しいよ」
 彼の上唇が照れ隠しに少しめくれ上がり、少年のようにはにかんだ。
「……ありがとう」 

テーマ; 小さな幸せ

3/27/2025, 4:10:12 PM

→花見カウントダウン

日の落ちる時間が遅くなっていて、夕日の色が濃ゆく烈しく部屋に差し込むようになって、そういえば夕方が長くなったよなと窓から顔をのぞかせると、ほんのり冷たい空気の中に春の匂い。
隣の桜がチラホラ咲いていた。
来週末、アイツを観ながら酒を飲もう。
急に気持ちが浮かれてきた。

テーマ; 春爛漫

3/27/2025, 4:37:30 AM

→七色問屋

空にかかる虹、ラーメンのスープにきらめく油の色、快晴の空を飛ぶカナブンの背中、レインボーのラムネ菓子、たんぽぽの綿毛に乗った雨滴、一日くるくる変わるあなたの感情。
こういった七色は、すべて七色問屋から卸されているものだという。

ウソのようなホントではないかもしれないけれどウソとも言い切れないとは言えない話。
           ……知らんけど。

テーマ; 七色

3/26/2025, 6:21:07 AM

→短編・あの日があったから、耐えられた。


 今、僕は廃墟に来ている。もちろんこれが不法侵入であることは重々承知だ。それでも、どうしても確かめたいことがあったのだ。
 地面に敷かれたコンクリートの割れ目から雑草が伸び、風にその頭を揺らしている。少し進むと、高い天井を持つガランとした檻が現れた。檻は長年の雨風にさらされ赤錆が浮いている。昔、この檻には2匹のコンゴウインコが展示されていた。
 ここは、僕の実家の近くで、かつては動物園だった場所だ。こじんまりとしており、展示されている動物はリスやアヒル、ヤギなどの小動物だった。地元民もあまり訪れない。しかし小学生の頃、僕は毎日ここに来ていた。
 インコの檻の横にある広場は動物と直に触れ合える場所で、元気のないヤギが日除けの柱に繋がれ、いつも草を食んでいた。
 まるで昨日のことのようだ。過去と今がリンクする。廃墟が色を取り戻し、大人の重い体を脱ぎ捨て、子どもの軽やかさを取り戻す。僕は駆け出す。色鮮やかなインコに目もくれず、痩せたヤギの脇を通り過ぎ、猿山の猿に軽く会釈し、園の最奥へと進む。
 それまでの緩やかな展示とは違い、しっかりとガラスのはめられた展示室が現れる。
「やぁ! 今日も遊びに来たよ!」
 僕の呼びかけに、とぐろを巻いていた彼は顔を起こす。薄く広がった頸部の2つの黒い模様が目立つ。彼は先の割れた赤い舌をチラチラとのぞかせ、つぶらで艷やかな瞳で僕を見つめる。
「また来たの? キミも飽きないね」
 喉をガラガラと鳴らし彼は言った。展示説明板に「インドコブラ」とだけ書かれている。
「トモダチだし」
「ニンゲンとトモダチになったりしないよ」
「うそ、昨日はトモダチだって言ったじゃん」
「昨日と今日が同じ日だなんて幻想もいいところさ」
 彼は憎まれ口ばかりだ。その天邪鬼っぷりがなぜか好きだった。それに彼は僕に呆れていると口ではいうが、積極的に追い払うような事は言わなかった。クラスメイトとは真逆だ。
「またいじめられたの?」
 僕のランドセルに大きな切り傷を見つけたキミは、ランドセルの傷を撫でるようにすり寄ってきた。僕たちの間柄だ。ガラスなんてあっという間に消えてしまう。
「……ころんだだけ」
「下手な嘘」
「本当のことばっかりが大事じゃないもん」
「珍しくイイコト言うね。ニンゲンにしてはいい線。でも、誤魔化しはまやかしだよ」
 これが僕の小学校時代の放課後だった。
 
 コブラ舎だと記憶していた場所には朽ちた木のベンチがあるだけで、その痕跡はまるで見当たらない。
 間違えるはずはないと、僕は周囲を見回す。廃墟に風が吹いた。
「また来たの? 感傷で冒険ごっこ? つまらないオトナになったなったものだね」
 カサカサと落ち葉を鳴らす音に混じって、彼のガラガラ声が聞こえた気がした。

テーマ; 記憶

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