一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・あの日があったから、耐えられた。


 今、僕は廃墟に来ている。もちろんこれが不法侵入であることは重々承知だ。それでも、どうしても確かめたいことがあったのだ。
 地面に敷かれたコンクリートの割れ目から雑草が伸び、風にその頭を揺らしている。少し進むと、高い天井を持つガランとした檻が現れた。檻は長年の雨風にさらされ赤錆が浮いている。昔、この檻には2匹のコンゴウインコが展示されていた。
 ここは、僕の実家の近くで、かつては動物園だった場所だ。こじんまりとしており、展示されている動物はリスやアヒル、ヤギなどの小動物だった。地元民もあまり訪れない。しかし小学生の頃、僕は毎日ここに来ていた。
 インコの檻の横にある広場は動物と直に触れ合える場所で、元気のないヤギが日除けの柱に繋がれ、いつも草を食んでいた。
 まるで昨日のことのようだ。過去と今がリンクする。廃墟が色を取り戻し、大人の重い体を脱ぎ捨て、子どもの軽やかさを取り戻す。僕は駆け出す。色鮮やかなインコに目もくれず、痩せたヤギの脇を通り過ぎ、猿山の猿に軽く会釈し、園の最奥へと進む。
 それまでの緩やかな展示とは違い、しっかりとガラスのはめられた展示室が現れる。
「やぁ! 今日も遊びに来たよ!」
 僕の呼びかけに、とぐろを巻いていた彼は顔を起こす。薄く広がった頸部の2つの黒い模様が目立つ。彼は先の割れた赤い舌をチラチラとのぞかせ、つぶらで艷やかな瞳で僕を見つめる。
「また来たの? キミも飽きないね」
 喉をガラガラと鳴らし彼は言った。展示説明板に「インドコブラ」とだけ書かれている。
「トモダチだし」
「ニンゲンとトモダチになったりしないよ」
「うそ、昨日はトモダチだって言ったじゃん」
「昨日と今日が同じ日だなんて幻想もいいところさ」
 彼は憎まれ口ばかりだ。その天邪鬼っぷりがなぜか好きだった。それに彼は僕に呆れていると口ではいうが、積極的に追い払うような事は言わなかった。クラスメイトとは真逆だ。
「またいじめられたの?」
 僕のランドセルに大きな切り傷を見つけたキミは、ランドセルの傷を撫でるようにすり寄ってきた。僕たちの間柄だ。ガラスなんてあっという間に消えてしまう。
「……ころんだだけ」
「下手な嘘」
「本当のことばっかりが大事じゃないもん」
「珍しくイイコト言うね。ニンゲンにしてはいい線。でも、誤魔化しはまやかしだよ」
 これが僕の小学校時代の放課後だった。
 
 コブラ舎だと記憶していた場所には朽ちた木のベンチがあるだけで、その痕跡はまるで見当たらない。
 間違えるはずはないと、僕は周囲を見回す。廃墟に風が吹いた。
「また来たの? 感傷で冒険ごっこ? つまらないオトナになったなったものだね」
 カサカサと落ち葉を鳴らす音に混じって、彼のガラガラ声が聞こえた気がした。

テーマ; 記憶

3/26/2025, 6:21:07 AM