一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・日高くんは料理が得意だ。

「里芋、買ってきた」
 日高くんは私の部屋に上がるなり、キッチンのシンクに焦げ茶色の土付き里芋をゴロゴロと放り込んだ。シンクに転がるクマの毛の塊のような里芋から土の香りがする。
「どうするの?」
 大学に入って一人暮らしを始めたばかりの私には強敵そうな食材。里芋とか、お母さんの料理分野じゃん。
「煮る」
 日高くんはボソボソとぶっきらぼうに答えて料理を始めた。里芋の土を洗い、上下を切り落としたあと、オレンジの皮を剥くように上から下へと包丁を入れる。クマの毛玉から、生成り色の芋が現れた。
「ちょっとどいて」
 日高くんは私を押しのけ、鍋に出汁を入れた。彼が作っている昆布と煮干しの出汁は、いつでも冷蔵庫に保管されている。確実に住人の私よりも日高くんのほうがこのキッチンを使いこなしている。
 あっという間に里芋は鍋の中へ。しばらくすると私の1LDK の部屋にいい香りが漂い始めた。
「これからどうする?」
「鍋、見てる」
 日高くんは相変わらず素っ気ない。好きなことに集中したいオーラがにじみ出ている。
 ふむ、どうやら私の彼氏は何か良からぬことがあったのだなと見当を立てた。よしよし、思う存分料理に勤しみ給え。
 私は彼をキッチンに残して、リビングでまったりすることにした。

 日高くん定食の夕飯。炊きたてご飯に白菜の浅漬け、鰆の西京焼き、根菜の味噌汁と里芋の煮物。
「今日は煮物がよくできた」
 満足気に日高くんは呟いた。
「日高くんが作るご飯はいっつも美味しいよ」
 彼の上唇が照れ隠しに少しめくれ上がり、少年のようにはにかんだ。
「……ありがとう」 

テーマ; 小さな幸せ

3/28/2025, 4:56:27 PM