→短編・約束破り
「たのもー!」
約束破りがやってきた。その腰には黒帯ならぬ、テープ状のコーラグミ。頭にタケノコ型のチョコを巻き、手には長細いポテトのスナック菓子。防御用の盾に堅焼きのせんべいとは敵ながら心憎い。
しかし私も負けてはいない。
いや、負けたくない。
もう負けるわけにはいかない!
私は私と約束したのだ! オヤツ減らすって。ダイエットするって! だって、もうすぐ春やねんもん。セーターでごまかし、コートで隠す荒業ができひんようになるねんもん。
さぁ、約束破りめ! 正々堂々、勝負じゃ!
…………チョコ&せんべいループ技、憎し……
あ、明日こそ!!!
テーマ; 約束
→救い。
ひらりと心の垣根を飛び越えて、
するりと心の機微に嵌まり込むような、
そんな一文を模索する。
感覚の角度、情緒の震度、言葉の明度……。
模索しすぎて前後不覚、文筆の海に落っこちた。
沈まないよう藻掻いていると、アプリと言う名の灯台の、青いライトがひらりと頭上をかすめていった。
それに手を伸ばして、伸ばして、伸ばして、何とか岸にたどり着く。
息も絶え絶え、灯台を見上げて、
「ありがとう」
テーマ; ひらり
→ランチのあと10分ほどうたた寝したんですけどね……
起きたとき、自分がどこにいるのか、そもそも自分が誰なのか、ぜぇんぶ解らなくなっちゃったんス。
自己の境界線が曖昧になって、他人と自分の区別ができない変な感覚。
瞬間記憶喪失状態。
寝ぼけてただけなんでしょうけど、とにかく嫌な汗と変な動悸が止まらんかった。
今思い出しても、チョビっと背中が泡立っちゃう。
すんげぇ怖かったぁ。
テーマ; 誰かしら?
→いただきます。
関西ではこの時期になるとスーパーマーケットや八百屋にウスイエンドウが出回り始める。ぽってりした薄緑色の鞘に春の息吹を感じて心が少し浮き立つ。豆ご飯の季節だ。
ウスイエンドウは和歌山産がほとんどで、他の地域出回る機会は少ない。関西以外に住んでいたとき、それを知って驚いた。
鞘をパコッと割り開く。中にぎゅうぎゅうに身を寄せる豆は、指を入れる隙間もなくて取れにくい。半身になった鞘に何とか指をねじ込んで豆をパラパラ外す。豆はほんのり湿度を帯びていて、指で摘むと薄い皮の瑞々しさが伝わってくる。
豆も鞘も水洗いしておく。鞘を先に煮て、その茹で汁で米を炊く。その間に豆を塩茹でして、米が炊き上がってから加える。そうすると豆にシワが寄らない。
鼻をくすぐる青い香りのするご飯。白いご飯に鮮やかな緑。緑は春の色だ。生命の力強さ。芽吹きのときに備えた栄養をたっぷり含んだ豆はわずかに甘い。口の中でポクポクと噛む。楽しい食感。これだけでご馳走。おかずは具だくさんの味噌汁があれば上々。
あっという間に空っぽのお茶碗。大満足の春先取り。
ご馳走様でした。
テーマ; 芽吹きのとき
→短編・あの日の温もりは特別だった、と。
「ゆっくりするのも大事なことです」
心療内科医は親身な口調で保養を促し、僕のカルテに何かを書き込み始めた。口調とは裏腹に、彼はその横顔で、僕を診察室から放り出した。
自分の存在を、ひどく希薄に感じる。出社して人と接んしている方がまだマシなんじゃないだろうか?
仕事から離れて何をするでもない日々。毎日が休日。当て所もなく彷徨う。スーパーやコンビニや本屋。ぶらぶらぶら。初めは目新しかった平日の平穏も、今では日常の一コマとなって久しい。
今日何日だっけな? 曜日の把握も曖昧だ。時間の経過は季節が教えてくれる。風流な話ではない。何にも関わっていないから、そんなことになる。秋から冬へ、クリスマスや正月が過ぎても、実感がない。イベントは忙しく立ち回る人のためにあるのだと知った。
春の手前、やたらと寒い日。空気は澄み切っていて、北風が強く吹き荒れている。道端に枯れ葉が舞い上がる。樹木から離れ落ちた枯れ葉は、まるで僕のようだ。踏ん張りがきかず、ただ風まかせ。
突発的な向かい風が吹いた。息が詰まる。風は落ち葉と同じように、僕の身体から魂を引き剥がそうとした。
僕は身体に両手を巻いて自分を抱き留めた。咄嗟の判断だった。
生きるための些細な抵抗。
希薄な自分の色が少し濃ゆくなったように感じた。
自分を抱きしめる自分の温かさに目頭が熱くなった。
いつか、今日を思い出す日は来るだろうか?
テーマ; あの日の温もり