→濡れ煉瓦通りの古書店で見つけた本から抜粋
〜感情結晶〜
極めて純度の高い涙を蒸留すると、エーテルと結晶に分化する。この結晶を感情結晶という。
硝子よりも透明で氷よりも解けやすい。
自動人形の眼底に使用することで、心の機微に反応した涙を流す効果を発動する。
『アルケミスト鉱物全集』より
テーマ; 透明な涙
→とっても不思議
私の書いた文章が、このアプリを通してあなたのもとへ、一言一句拙いまま届けられる。何かしらのプログラムエラーなどで美麗な文章に変わることはない。
インターネットで情報がどのような処理をされているのか、私は全く知らない。コンピューターの世界が0と1で構築されることを漫然と知っているけれど、そんなことは知っているうちにも入らない。光回線が光ファイバーケーブルを使い、光の反射をさせていることは知っているけれど、情報として知っているだけで、全く意味が分からない。
数多の素晴らしい技術の上に乗っかって、私は快適な生活を送っている。
全く知らない人の文章を読んだり、読んでもらったり……、摩訶不思議な世界だよな。
テーマ; あなたのもとへ
→短編・そんな時代のそんな日常
私の初恋は、中学生の時だった。
折しも、世界は突如現れたウィルスの対策に翻弄されていた。そのウイルスは、変幻自在な水のように人間たちの対策を躱し、世界中をさらにヒステリックな鎖国状態に導いていった。個人レベルの最たるものはマスク着用必須という日常。
話したこともない、マスク無しの顔も知らない人に一目惚れ。落ち着いた佇まいから目が離せなかった。
でも、マスク効果なんて言葉を知ったものだから、誰にも言えなかった。自分の恋をミーハーっぽく感じてしまった。
ある日、偶然に彼の名前を知った。
マスクがあるのを良いことに、そっと彼の背中に呼びかけてみた。ウイルスも通さないらしいマスクから出ないほどの小さな声で。マスクがあったから、そんなことしたんだろうな。
大学生の今、マスクはほとんどしない。久しぶりにマスクしたら息苦しくってすぐに外してしまった。よく我慢できたなぁと、大学で出会った彼氏とそんな話をすることもある。よくヘン顔したよね、とか。
良くも悪くも、私の中学生活は常にマスクがあった。
テーマ; そっと
→手帳
プライベートの手帳はマンスリー形式の薄いやつが好きだ。日毎とか週毎などは分厚いし持て余してしまう。そんなにたくさんの用事など無いし。
新しい手帳には、まず友人や家族の誕生日を書き込む。そしてすでに決まっている用事。
それから二十四節気と彼岸などの雑節。中秋の名月にクリスマス、月の満ち欠けを書き記していく。何でもありのてんこ盛り手帳の出来上がり。
特に1月、まだ新しい、でも自分色に染めた手帳をめくるのが好きだ。
未来を手にしているような気になるからだと思う。必ずやってくるまだ見ぬ景色がそこにある。
少しばかりワクワクする。
テーマ; まだ見ぬ景色
→短編・それぞれの進路
大学生時代のことだ。
友人の一人が「あの夢のつづきを探しに行ってくる!」と高らかに宣言して、大学を休学しインドに旅立っていった。
自分探し系に目覚めちゃったか〜と大多数が彼を笑いものにする中で、タテノくんだけが目を輝かせて賞賛していた。
「すっげぇ活力! ―ってか、『あの夢の続き』ってことは、他にも何か夢があるってこと? いいなぁ〜、叶えたい夢が多いって! 人生希望だらけじゃん」
大学卒業後、自分を含む大多数は就職した。夢の続き経由インド帰りの友人も同様である。
唯一、タテノくんだけが大学院に進み、脳科学の研究に励んでいる。希望と夢がどれほど人の活動力になるのかを測定しているらしい。
テーマ;あの夢のつづきを