一尾(いっぽ)in 仮住まい

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1/9/2025, 2:17:45 PM

→浪漫元素

超新星爆発によってできた塵芥が、宇宙を漂い漂い、何処かの惑星にふらふら落っこちて、一つの元素となり、一つの生命の元になったりする、らしい。

しかしながら、
自分の手を見ても目ん玉を覗いてみても、髪の毛を引きちぎってみても、何処にもその形跡は見当たらない。
それでも星のかけらは、確かに私たち生物の体を構築している。

ところで、恒星が超新星爆発を起こすとブラックホールになるという。
星の欠片たちはその記憶を持っている、と考えてみたら、今のところ不可知のブラックホールについて、実は私たちは元素レベルですでに知っているのかもしれないって……ちょっと浪漫がすぎるだろうか?

テーマ; 星のかけら

1/9/2025, 6:14:47 AM

→短編・呼び出しベル

 祖父はホテルを経営していました。海辺の街の小さなホテル。夏場は繁忙期だったので、祖父に夏のバカンスはありませんでした。
 私たち家族の夏のバカンスは、ホテル近くのヴィラを借りて、両親が祖父のホテルの手伝うことが恒例になっていました。
 弟と私は、祖父にくっついて朝のマルシェへと買い物に行くのが大好きでした。色とりどりの新鮮な野菜や果物が朝の陽光にキラキラと輝いていたあの風景は、今でも瞼の裏にはっきりと浮かびます。
 祖父は手際よく食材を調達しながらも、私たち姉弟に目を配ることを忘れませんでした。適度なルール(弟と手をつなぐこと、祖父のそばから離れないこと)を守っていれば、そのご褒美に飴とグミを買ってくれました。
 祖父はそんな風に私たちを可愛がってくれるものですから、弟と私は祖父に付きっきりでした。レセプション奥の小部屋に待機する祖父と本を読んだりじゃれ合ったりしていました。そのうちに、
―Ring Ring …
 呼び出しベルが鳴り、祖父は泊まり客の相手をするため、小部屋を後にします。それまで私たちの『おじいちゃん』だった祖父が、他人のようなよそよそしさでセカセカと出てゆく様子に、何とも言えない寂しさと白けた気分にさせられたものです。それは大人の世界の入り口でした。
 そんなことが引き金となって、弟と私が共謀して呼び出しベルを隠す事件を起こしたのは、今でも家族の語り草です。
 時がすぎて、祖父の耳に呼び出しベルの音が聞こえづらくなり、ホテルの管理が杜撰になった頃、私たちの両親の勧めで祖父はホテルを閉ざしました。やっとバカンスを楽しめるよ、と皮肉めかして口角を上げたその顔を、笑顔と呼んでいいものか私は未だに判断できません。
 晩年の祖父は、ホテルを辞めたことを忘れて、ホテルのことばかりを話していました。彼の話の中で、私たち姉弟は幼く、私たちの両親はまだ若く、彼は活力あふれる働きっぷりを誇っていました。彼にとってもあの頃がホテルの黄金期だったのかもしれません。

「今週末のガレージセールに間に合うように荷物をまとめなきゃね」
 母の号令で、私たち家族は久しく足を踏み入れていなかったホテルに集まっていた。弟は彼女連れ、私は夫とともに。
 ホテルの売却が決まったのだ。購入者はアパルトマンに改築するという。
 昔と同じように大騒ぎしながら、荷物をまとめる。昔と違うのは、ここはホテルではなく、滞在客はおらず、至るところに埃ばかりが舞っていること、そして、祖父がいないこと。
 3階から椅子を運びおりたとき、レセプションに小さなベルを見つけた。呼び出しベルだ。私たちに世間を教えたあのベル……。
―Ring Ring…
 私は奥の小部屋に耳を澄ませた。もちろん、祖父はいない。
「明日マルシェで飴を買ってやるよ」
 と、ラグを引きずり現れた弟。
「チーズとワインがいいわ」
 弟を手伝ってラグのもう一方を持ち上げる。了解、と弟は笑った。

テーマ; Ring Ring…

1/7/2025, 3:02:54 PM

→短編・追い風、向かい風

 ペットのつむじ風ふぅちゃんを誘って散歩に出た。冬の乾燥した気候が大好きなふぅちゃんはご機嫌で、くるくる舞いながら私の背中を押してくる。
「ちょっとふぅちゃん! 追い風すぎて倒れちゃうよ!」
 あまりに風圧に私はつんのめった。ふぅちゃんはあっという間に私の前に周り、私を支えてくれた。
「ピュイ!」
 嬉しそうな声で鳴いて、ふぅちゃんは私にまとわりつく。
 よしよし、いい感じ。まだバレてないぞ! 
 今日は年に1回の健康診断日。何とかふぅちゃんに気取られないように動物病院まで連れて行かなくてはならない。去年はあと少しってところでバレて苦労させられた。
 あまりに順調に進むものだから、拍子抜けしてるくらい。フフ、これなら早く終わりそうだ。
 絶好調! よしよしよしよ……あれ?
 体が……、前に! す、進まない!!!
「ふ、ふぅちゃん?」
 いつの間にか、ふぅちゃんは私の前で向かい風を吹かせ始めていた。
 返事もしない。
 しまった、私の浮かれ具合で病院行きがバレたようだ。
「ふぅちゃん、今日は健康診断だから痛いことは何もしないよ? だから止めて、ね?」
 説得は遠くに吹き飛ばされた。向かい風、キツイキツイ!

 私のつむじ風ちゃんは、すっかりつむじを曲げてしまったようである。病院行きは難航しそうだ。

テーマ; 追い風

1/7/2025, 3:44:45 AM

→短編・君はどこに?

私の体を紐解いてみた。
皮、骨、脂肪、内臓、神経、血管、血液など体液、さらに細胞へと。

体は細胞のコングロマリットだ。
細胞が集まって組織をなし、複数組織が合わさり体の中で一定の機能を持つ。
微弱な電気信号を元に、自分たちの働きを繰り返し、最終的に体を生かす。
そこに個人的な意図はない。
ほぼどの人間でも同じような細胞構成がなされている。

私が私を解体したのは、『個人』という君がどこにいるのか知りたかったからだ。
君は他の人間と私を区別する大きな要素である。
君と一緒に、これまで大きな決断を数多く行ってきた。私の立役者たる君。そんな君に感謝を述べたい。

しかし私は、心臓の中にも脳の中にも君を見つけることはできなかった。
君はどこに?
私はどこに?
私は誰だ?

テーマ; 君と一緒に

1/6/2025, 1:07:39 AM

→短編・情報源

 冬晴れの日差しを、日干しレンガに集めると雲母のような層を持つ結晶になる。印象派の絵画に登場しそうな白く焼けたレンガというとイメージしやすいだろうか。
 日結晶はちょっとの衝撃でも壊れてしまうので、細心の注意を払ってレンガから剥がし取り、セルロイド製のケースに保管する。
 この結晶を、ごぼうのポタージュにほんの少し加えると、冬の晴れた公園を歩くような澄んだ土の香りがするらしい。
 友人のグリーンフィンガーズとノームとお茶をしたときに聞いた話なので、確かな情報だと思う。

テーマ; 冬晴れ

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