一尾(いっぽ)in 仮住まい

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11/6/2024, 2:54:42 AM

→短編・原点回帰、そしてお守り

 一日の終わり、ベッドに体を横たえた彼女はサイドテーブルから1枚の写真を抜き出した。
 スマートフォンで写真を照らす。分厚く白い枠に囲まれたポラロイド写真だ。
 真っ暗な中に一筋の光がぼんやりと写っている撮り損ないのような写真を額にくっつける。ほんのり心に温かいものが灯る。
 それは彼女が少女の頃に心を動かされて撮った、初めての一枚だった。押し入れの秘密基地の扉を閉めたときにできた僅かな光の筋の美しさが、その写真を見ると今でも脳裏にくっきりと浮かび上がる。光に集まってダンスする埃の楽しげな様子は、テレビで観たガイコクのオペラハウスを彼女に思い起こさせた。その感動を何とか留めておきたいと、無意識に彼女はポラロイドカメラを手にとってシャッタ―を切っていた。
 それが彼女の始まりだった。
 心を動かされる瞬間の切り取りをモチーフに写真を撮り続け、彼女はフォトグラファーになった。
 数々の賞を獲得し、企業からのオファーや他業界のアーティストとのコラボ作品も多く手掛けた。大好きなカメラ撮影を仕事にできた充実感は毎日感じている。
 しかし、
「いつかまたこんな一枚が撮りたいなぁ」
 あの日の感動を超える写真には辿りついていない。
 他の誰が見ても失敗のような、何を撮ったのかも判らない写真をもう一度眺めて、彼女はそのお守りを慎重にサイドテーブルにしまい込んだ。
 そうして、大事な撮影が控えている前日のルーティンを終えた彼女はベッドに潜り込んだ。

テーマ; 一筋の光

11/5/2024, 2:52:18 AM

→短編・日記

11月4日(曇り)
 今日はお父さんと哀愁の一本釣りに来ました。
 海は鉛色の雲を写したように暗い色をしていました。風が吹いて、お弁当の入ったコンビニの袋をペラペラ揺らしました。浜辺には誰もいなくて、振り返ると僕とお父さんの足跡だけが砂浜に残っていました。お父さんはしばらくじっとその足跡を見たあとで、僕の頭を撫でました。
「今日みたいな海にはたくさんの哀愁が漂うんだ。今きっといい哀愁が釣れるぞ」
 お父さんの声は明るかったけど、目が赤くて泣いてるみたいでした。
「いっぱい釣ろうね、哀愁」
 本当は「大丈夫?」って聞きたかったけど、昨日の夜のことを思い出して言えませんでした。
「哀愁に最適なのは、こういうルアーだ」
 お父さんは、釣り道具屋の特価品売り場にあった一番顔の可愛くないルアーを、僕に見せるように目の前で振りました。
「哀愁はサーフフィッシングがかかりやすい。なるべくぎこちなく手繰り寄せるんだ。他の魚にはバレる拙い動きが哀愁を誘う」
 僕とお父さんは何度も釣り竿を振りました。可愛くない顔のルアーを海と砂浜を行き来させていると、僕はちょっと悲しくなりました。
「ルアー、可哀想だね」
「それでいいんだ」
 お父さんは機械みたいにルアーを放り投げていました。何か考え事をしてるみたいでした。知らない人みたいに見えました。
 結局、僕たちは哀愁を釣ることができませんでした。お昼ごはんを食べるのを忘れていたので、家に帰ってからコンビニのお弁当を温めて食べました。
 家の中はすごく静かで、昨日の夜と全然違うなと思いました。昨日はお父さんとお母さんがずっと大きな声で喧嘩をしていました。
 僕は今日の朝からお母さんに会っていません。お母さん、どこに行ったんだろう? 昨日まで玄関にあったお母さんの靴や、コート掛けのコートやカバンはどこに行ったんだろう?
 いっぱいハテナが頭に浮かんだけれど、もう寝なさいとお父さんに言われたので寝ることにしました。
「おやすみなさい」
 歯磨きのあと、ダイニングのお父さんに挨拶しました。お父さんは僕に背中を向けたまま「うん」と返しました。
 釣れてないと思ってた哀愁が、お父さんの背中に引っかかっていました。
 
 テーマ; 哀愁を誘う

11/3/2024, 6:28:59 PM

→短編・日々是度々

「顔の皮膚はオブラートほど薄く弱いそうなので、スキンケアの際には、触るか触らないかの力でお手入れするのが良いそうですよ。
 だからね、朝に寝過ごして、ダッシュで洗顔してローションを叩くようにつけて、乳液を刷り込むような事態にならないように、さっさと寝なさい」
 寝る前に鏡の中の自分に言い聞かせておけば、ベッドに入ってからのスマートフォンのダラダラ見を防げるに違いない。
 今日こそ! 今日こそ! 今日から絶対に怠惰な自分を脱却し、丁寧な生活に切り替えるのだ!
「ん?」
 あっ、プッシュ通知来た。おぉ、推しの動画新着のお知らせ! これは見なきゃなぁ〜。これを見てから寝てもぜんぜん遅くならないし、何なら、もうちょっと他のヤツも見ても……。


テーマ; 鏡の中の自分

11/2/2024, 3:42:12 PM

→割とよくあるんですよ……

「なぁんだ! 今日のテーマ、何も思い浮かばんと思ってたのに、書いてみたらサクサク進むやん! アハハハ! 筆が止まんねぇぜ!!」
 
上記は、眠りにつく前に何とか書き上げようとスマートフォンとにらめっこをしながら寝落ちしたときに見る夢である。
もちろん、朝起きても白紙のまんまだ。


テーマ; 眠りにつく前に

11/2/2024, 8:50:39 AM

→短編・さっさと注文しろ

 友人とカフェに来た。
「永遠に愛してるとか、君のためなら死ねるとか言う人は苦手だなぁ」と友人。
「そんなこと言う奴いるかねぇ」と返す私。
「ロマンチスト気質がムリっていうか……」
「あ~、わからんでもない。でも、白馬に乗った王子様待ちなんでしょ?」
「それはロマンじゃなくて胆力の問題。そんなバカげた私の理想に付き合って、白馬借りてのコスなんてされたら、そりゃ落ちるでしょ」
「胆力とか……、日常会話で聞かん単語チョイスしやがって」
「かぐや姫級無茶振りを叶えてくれる人いないかなぁ」
「夢見がちリアリストですなぁ」
「それって……――」
「ご注文、お決まりですかぁ?」と、店員さんから声をかけられて、私と友人は顔を見合わせた。
「すみませーん、もうちょっと待ってくださーい」
 メニューすら開かず、永遠に話し続けるところだったわ……。

テーマ; 永遠に

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