→ノスタルジー
例えば、首元を吹き抜ける風。
例えば、薄藍と夕日色に染色された帰り道。
例えば、たんぽぽ色のオムライス。
例えば、薄い毛布に包まって聴くラジオ。
どれもこれも、ほんの少しさみしい。
春でも、夏でも、冬でもなく、私だけの秋の郷愁。
テーマ; 懐かしく思うこと
→物語の向こう側
物語を編む。
そのすぐそばにもう一つの物語が常に存在する。それは、私の力量不足で紡ぐことができなかった物語。
その差を埋めるべく、とにかく筆を執る。
とにかく人の文章に触れる。
昭和的な根性論に聞こえるかい?
しかしね、
私はそんな方法しか知らんのだよ。
テーマ; もう一つの物語
→哲学的と言えば聞こえはいいが……
小学生の頃、寝る前に行う習慣があった。それは暗がりの中で周囲に同化すること。そんなことを始めた理由は、透明人間のように自分を消してみたいという興味からだ。
手順は布団と自分の確認に始まり、その境界線をいかにして消していくかという思考に移る。
そこで、『考える』という行為自体が布団とのシンクロの障壁だと思い至る。思考を透明にせねば、自分が無機物と一体化することは叶わないと考えたのだ。はい、一歩後退。
さらに次の疑問が生まれる。そもそも一体化しようという能動的意識が、布団と自分の決定的な違いを生んでしまってはいないだろうか? 意識を消すというのは、どういうことだ? 死ぬことか? いや、それは違うような気がする。生きながらにして、自然物と一体化するのだ。煮詰まって、十歩くらい後退。
そして暗がりの中で、後退ばかりの思考実験に悶々としながら、小学生の私は眠りに落ちてゆく。
なんやろね、メンドクサイやっちゃなぁ。
ホンマ、もうさっさと寝ぇや、当時の自分。
テーマ; 暗がりの中で
→うーん、細かい茶葉が口の中に残るやん……
紅茶クッキーを作ったんよ。
アイスボックスクッキー。
ちょいと良い茶葉を細かく擦ってさ、立ち昇る優しい香りに癒やされちゃったりして、めっちゃ優雅やんってニヤつきながら。
……あれ? 何でやろ? 焼き上がったクッキー、ほとんど紅茶の香りせぇへんねん。
こんなことなら、100均のアールグレイパウダー入れときゃよかったなぁ。
あ~ぁ、香りより目立つよ、ジョリジョリ食感……。
テーマ; 紅茶の香り
→短編・合言葉
「いつもありがとう。オヤスミ」
夫は寝る前に必ず言った。新婚のときから、ケンカでぎこちないときでも、そうでもない普通の日々も、そう言った。
はじめこそ、戸惑いながら「こちらこそ」などとゴニョゴニョと答えに窮していた私も、いつしか「いつもありがとう。おやすみなさい」と同じように返すようになった。
「いつもありがとう」はオヤスミの枕詞みたいだと私は笑ったことがある。彼は眼尻を下げ「一日を気持ちよく終えるための合言葉」と穏やかに言った。彼の健やかな人柄に触れて心が温かくなったことを、私は昨日の事のように思い出す。
何百、何千もの合言葉を繰り返して、私たちは歳を重ねた。
夫の検査入院が入院生活の始まりとなり、寝室を違えることになった私たちは、合言葉の回数を減らした。
長い入院が続き、夫は微睡むことが多くなっていった。
彼の目が開いた。焦点の合っていない瞳が私を探す。最近では会話もあまり成り立っていない。それでも私は彼の耳に口を寄せる。
「私はここよ」
驚いたように口と瞳を開き、夫は私を探した。少し呼吸が荒い。
私は彼の手を取り、もう一度言った。
「私は、ここよ」
ようやく白内障で白く濁る瞳に私を捉えた夫は、私の手をキュッと握った。彼の痩せた腕に筋が浮き立つ。妙な力強さに、私の心臓が早鐘を打った。
彼は努めて温和な微笑みを浮かべ、ガラガラと喉をならし喘ぎながら言った。
「いつもありがとう、オヤスミ」
それは、とても久しぶりに聞いた合言葉だった。
長い夫婦の時間が阿吽の呼吸が、その言外を読み取らせる。
目頭が熱くなり、唇が震えた。
終わりのときが、来てしまったのだ。
彼は喉をヒュッと鳴らした。瞳が涙で湿っている。薬はほとんど効いていない。常態化した痛みが彼を蝕み続ける……。
私は大きく深呼吸をした。
「いつもありがとう、おやすみなさい……」
一言一言に想いを込めて私は言った。自然と脳裏に二人の思い出が過ぎる。
とてもゆっくり彼の目が閉じられてゆく。
「本当にいつもありがとう。ゆっくり休んでね」
力が抜けてゆく彼の手を、私はいつまでもいつまでも握り続けた。
私たちの合言葉は今日で終わり、彼との思い出に変わる。
テーマ; 愛言葉