→短編・闇一夜
真夜中、カーテンを下ろすようにまぶたを閉じる。
眠ろうと思った。
でも、眠れない。
そんな心当たりのない不眠が続いている。
理由があれば、楽なのだろうか?
たぶん、それはそれで苦しいだろう。
まぶたの裏、眼球は暇を持て余す。
仕方なくまぶたを開ける。
闇の中、あっという間に目が慣れて、「黒は300色あんねんで」なみに家具や置物の陰影を浮き立たせる。
駄目だと解っていて、スマートフォンに手を伸ばす。
闇に馴染んでいた目を瞬かせる。
昔は時計の音で過ぎていく時間を感じていたものだが、今では手元の小さな機器がその役割を果たす。
そんなことをしていたら、空が白み始める。
鳥の声がし始める。車の走る音が増え始める。
マンションならではの音の伝播で、何処か家のカーテンが開いたことを知る。
のろのろ立ち上がって私もカーテンを開ける。
一日が始まる。
テーマ; カーテン
→10 月10日
カレンダーを見て、私は衝撃を受けた。
漢数字とローマ数字の10。
↓ ↓
十 X
斜めに見ると
↓ ↓
ローマ数字 漢数字
つまり、
十月X日=X月十日
なんてこった……。
少し首を傾けただけで、ローマと日本が交錯しやがった。まったく、世界ってのは驚きと発見に満ちてやがるぜ、ヘヘ。
私は今、感涙している。
テーマ; 涙の理由
→短編・新番組の洗礼
「やぁ!! 僕は勇者ココ・ロオドル!! みぃんな一緒に踊ろうぜ!」
カラフルなジャージのような衣装に身を包み、派手なポーズを決めるニューヒーロー。
テレビの前に陣取っていた息子はゆっくりと私を振り返った。何が起こったのか説明しろと言わんばかりに大きな瞳が見開かれている。先週も説明したけど、やっぱりムリかぁ〜。
「あのね、冒険王ナカ・ナイモンはさ、泣き虫涙の秘宝を手に入れて、先週で冒険が終わっちゃったんだよ。今週からは……、何だっけ? そうそう、勇者ココ・ロオドルが一緒に踊ってくれるって」
2歳児のプニプニほっぺに、テレビのカラフルな色が写り込んでいる。赤、黄、青、などなど。勇者ココ・ロオドルのきらびやかな衣装だ。
腰をフリフリ、手をゆらゆら、勇者は踊っている。―っていうか、勇者っぽい話もなく、番組始まってずっと踊ってる。
「ほらほら、楽しそうだよ〜。一緒に踊ってみたら?」
無言のまま息子はテレビに向き直った。背中に警戒心が滲んでいる。可愛いよなぁ、ホント。
そしてなんだかんだ言っても、番組終わる頃にはすっかり馴染んでんだよねぇ。
「1年間よろしく、勇者ココ・ロオドルさん」とテレビに挨拶をする私の前で、さっそく小さな背中が徐々に揺れ始めている。
あら、すごい。勇者の踊りで、警戒心は退散一歩手前。ココロオドルの名は伊達ではないらしい。
テーマ; ココロオドル
→短編・ウワサ
ねぇねぇ、知ってる?
ある旅館のある部屋に泊まったらね、
平安時代に転生しちゃうってウワサ。
あっ、初めて聞いた?
そっかぁ〜。
えっとねぇ、旅館の名前は知らないんだけど、部屋の名前は覚えてるよ。
確か、『束の間』!
で、転生先、平安時代って言ったじゃん? 初期位置が固定で御息所っていう、天皇の休息所始まりなんだってさぁ。
肝心の生まれ変わりはね、天皇始まりのとか、女御始まりとか、その辺りはガチャ運とかとか。
ん? 帰ってきたヒトから聞いたのかって?
そんなの知らないよ、だからウワサなんじゃん。
テーマ; 束の間の休息
→短編・大事な思い出
山の山頂にある夜景の見える公園で、一組の若いカップルがベンチに腰を下ろし、会話を交わしている。
二人の距離は近く、親密な雰囲気が伝わってくるが、当時に微妙な緊張感も漂っていた。
「えっと……」
男性が口を開いた。もう何度も同じ言葉を呟いては口を閉ざしている。
眼下の町で夕食を食べ、この公園に来てから小一時間ほどが経過していた。
女性は彼の言葉を待ったり、たまに自分から話をふったりしていたが、いずれにせよ二人の会話のやり取りが長く続くことはなかった。
夏の終わり、涼しい風が彼女の薄いスカートの生地を揺らした。
意を決したように男性が膝の上の拳を強く握った。それまで下げていた顔を彼女に向ける。
言葉を待つ彼女の鼻腔がかすかに膨らみ、少し肩が上がった。
「あの……」
男性は、彼女の待ちわびるような素振りに一旦は言葉を詰まらせたが、何度か首を横に降って気合を入れなおした。
「僕と結婚してください!」
周囲に響き渡るようなプロポーズの声に、彼女の瞳が見開かれる。少し頬が緩み、口元がワナワナと震えながら開く。そして彼女の……――
「は……ッブェックション!!」
ション……
ション……
ション……
山に響くクシャミは、彼のプロポーズの声量を遥かに凌駕していた。
「えぅ……、ご、ごめん。我慢しようとしたんだよ! でも、ちょっと冷えちゃって」
「いや、僕こそごめん。僕がマゴマゴしてたから」
最悪のタイミングに返事を聞くこともできず、男性は「体調、大丈夫かな? 帰ろうか」と立ち上がった。不甲斐ない自分に自己嫌悪を抱くあまり、彼女を置き去りに歩きだす。
「ねぇ!」
背後から呼びかけられ、彼は振り向いた。そこには、力いっぱいのクシャミに鼻を赤くした彼女の明るい笑顔があった。
「私たちが家族になる一番最初の思い出、コントみたいだねぇ」
「それって……!」
「力を込めて『イエス』!」
テーマ; 力を込めて