ある朝目覚めると、死んだはずの姉が目の前にいた。
「あっ、おはよう」
寝ていた私を上から覗きこみながら、生前と変わらない笑顔でそう言った。
「おはよう」
自然と私も挨拶をした。
それから、姉はいつも私の側にいた。
よくある話のように、姉の姿は私以外には見えていないらしい。
朝起きてから、仕事に行き、終わったら家に帰る。変わらない日々の中に姉が加わる。
今までのことを姉と話す、姉が質問し、相槌をうつ。
生前と変わらない優しい姉がそこにいた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「これからもずっと、一緒にいてよ」
私が言うと、姉はちょっと考えてから
「そうね」
「そう出来たらいいね」
困った顔をしながら、そう言った。
姉は優しく、聡明な人だった。
誰からも愛されていた。
家族も友人も、他の大人たちも皆。
姉が羨ましくなかったといえば、嘘になる。
けれど、そんな気持ちが薄れるくらい、私は姉が大好きだった。
だから、姉が刺されたと聞いたときは
何の冗談だと思った。
刺したのは、全く知らない男だった。
どうも以前、道に迷っていたところを姉が声を
かけて道案内をしてもらったらしい。
ただ、それで何を勘違いしたのか、自分と姉が両思いだと思ったと。
姉のことを調べ、見つけ、後を着けていたら、男性と一緒にいた。
弄ばれたと思った男は姉が一人になる時を狙って刺した。
姉に付き合っている男性はいなかった。
その時一緒にいたのは同じ委員会の役員で、帰る方向が偶然一緒だった。
姉は運が無かったのだ。
いつまで一緒かわからない。
でも出来ることならこれからずっと、
姉が生前出来なかったことをやってあげたい。
迷ったら動いてみたらいい。
自分で考えてみたらいい。
間違えたっていい。
人生それでいいと思うんだ。
1つだけ、空いている席がある。
式が一段落したところでそこへ近づく。
空いている席の隣に座っていた義姉が、こちらに
気づいて立ち上がって頭を下げてきた。
僕もつられて頭を下げた。
そうして少しの間いろいろな話をした。
「素敵な式になって、兄も喜んでいると思いますよ。」
空いている席に置いてある写真を見ながら僕が言うと、義姉はそうですね、とほっとした様子で答えた。
式が再開し、スピーチや友人たちによる催し物が終わると、司会者がスクリーンに注目してください、と告げる。
会場内の明かりが消え、天井からスクリーンが降りてくる。
なんだなんだと会場内がざわつく中、スクリーンが明るくなり、一人の男性が写った。
えっ、と驚く声が聞こえる。
それは義姉かあるいは今日の主役である新婦か、
あるいは双方かもしれない。
『1つだけ、頼まれてくれないか。』
数年前、病院で兄から言われた言葉が思いだされる。大腸がんだとわかり、余命いくばくも無いと兄から告げられてから、仕事の合間に病院に顔を出すようにしていた。
あの日、真剣は顔をして告げられた言葉を今でも思い出す。
そうして、兄の体調の良い時に撮影をおこなった。
『娘の結婚式の時にこれを流してほしい。』
『―――私が願うのは1つだけです。』
スクリーンの中の兄が告げる。
結婚のお祝いをし、出来ることなら直接伝えたかったと語った。
『どうか幸せになって下さい。』