もう、終わりにしようっていう合図は
とっくの昔に出ているのに、
諦められない置き去りの心が
私にまだ残っている、そんな片思い。
募る思いを
星空の歌に託して
織姫は今日も布を織る
どこかで見知らぬ人が歌っている、と
その調べを聞きながら
彦星は今日も畑を耕す
何千年の時を超えても
幾つもの眠れない夜を過ごしても
結ばれるのはほんのひととき
それでもなお、互いを思い続ける心と
歌の調べだけが
2人を繋いでいる
ここは月のコーヒー屋さん。毎日に悩み事を抱えてしまった人もくるお店。
今日も、オーナーのひつじがキッチンで忙しそうに準備をしています。
さて、今日はどんなお客さんが来るでしょうか……
2品目 「あんドーナツ」
「はぁ。」
安藤美鶴はため息をついた。小学校から家に帰るまでの道のりの中、これが3回目のため息である。
いつもより重い足取り。いつもより家まで遠く感じる通学路。そして、何よりいつも隣にいる愛衣が今日はいなかった。
それもそのはず、愛衣と今日、初めての喧嘩をしてしまったからだ。
ことの経緯はこうだ。愛衣には実は、好きな人がいる。その好きな人と、美鶴が今日の席替えで隣になってしまったのだ。愛衣に、こっそり席を交換してほしいと席替えに使う番号札を渡されたが、美鶴はそれを断ってしまった。なんだかズルしているような気がしたからだ。
愛衣が怒って美鶴にあたったのは放課後のことだった。
ほどなく家に着き、時間だけが過ぎて夜になった。
美鶴は、何度も何度もどうしたら仲直りできるか考えた。でも、いい策は寝る前の布団の中でも思い浮かばない。うーんうーんと考えているうちに、眠気に負けて眠ってしまった。
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「お客様。もうすぐできあがりますから、あと少々お待ちくださいませ。」
見知らぬ声で目が覚めた。
まず視界に入ってきたのは……ひつじ?だろうか。
2本足で立ち、何やら油で揚げ物をしている。
「ここはどこ?」
美鶴は目を丸くしながら聞いた。
「ここはね、月の上にあるちょっとしたカフェみたいなもんです。お客さん、安心して大丈夫ですよ。ちゃんと家に帰れるし、夢だと思って楽しんでくださいな」
そうひつじに言われると、
ああ、なんだ、そっか、大丈夫なんだ。
と美鶴は不思議と肩の力が抜けた。
「お待たせしました。こちら、今夜のスイーツ、
あんドーナツでございます」
コトリ、と良い音を立てて皿が置かれた。その上には
餡子とクリームがサンドされた揚げたてのドーナツが置いてある。
「さあさあ、お客さん、召し上がれ」
美鶴はあんドーナツにそーっと手を伸ばした。
一口、かじりつく。ジュワッとした生地と餡子の甘さが口の中で踊り出すかのようだ。
"そう言えば、愛衣と一緒にドーナツを作ったことがあったっけ"
美鶴はそんなことを思いだした。あれは小学2年生の時だったか。
「ドーナツってね、一個だけ揚げるんじゃあ勿体ないから、何個か揚げるでしょ?で、1人では食べきれないから誰かと一緒に食べる。簡単で、友達同士とも気軽に作れる。それに、友情の輪の形をしているみたいじゃない?」
ひつじはコーヒーを飲みながら続ける。
「誰だって、美味しいものやスイーツの前ではニコニコになれる。大丈夫、そんな簡単にドーナツも友情の輪も切れやしないから。」
美鶴は目の前の半分残ったドーナツを見つめた。
"半分こにしても、誰かと一緒に食べるって美味しいんだろうな"
明日、愛衣にドーナツを作ろうと誘ってみよう。
最初は気まずいかもしれない。でも、その先にある愛衣と笑いあっている未来を想像して、美鶴は満足げに目を閉じた。
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ここは月の上にあるコーヒー屋さん。
オーナーのひつじが出す、社会に疲れた人にだけ、その人の夢の中に現れる不思議なお店。
さて、きょうも新しいお客さんがやってきました……
1品目 「星くずのゼリー」
何をやってもうまくいかない。
会社員の星野祐介は、そう言って地面を見つめた。
入社して5年が経つ。それなのに、まだ一つのプロジェクトも結果も出せていない。なのに仕事や雑業に追われる毎日で、帰宅するのはいつも20時過ぎだ。そしておまけに、ガールフレンドの明美にも仕事が忙しいせいで愛想を尽かされ、別れを切り出されるのではないかとヒヤヒヤしている。
今日も雑業を終えて電車に揺られていた。祐介の会社から家までは1時間弱、この電車1本に乗らなければならない。今日は特に疲れを感じ、うとうとしていたら眠ってしまっていた。
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「いらっしゃいませ。
注文は今日のおすすめですね。」
祐介はその声にハッとして目を覚ました。視界に入ってきたのはどこかのカフェ……だろうか。おかしい。
さっきまで電車の席に座っていたはずが、今は木製の洒落た椅子に腰掛けている。
「ここは……」
祐介はそのあとの言葉が思いつかない。
「お客様、だいぶお疲れのようでしたが……。
大丈夫、ここにきたからには少しでも疲れが取れる
ように、僕が頑張ってコーヒー淹れますからね」
ひつじのオーナーが出てきてそう言った。
ひつじが話しているという状況を唖然としてみている祐介をよそに、オーナーは続ける。
「あ、そうだ。今日は特別にいい日なんですよ。
だから、
ここの天窓を開けさせていただきますね。」
オーナーが何やらドアノブのようなものぐるぐると回した。すると……
祐介は店の中央の天井を見上げた。ギギギという音と共に、そこには満点の星空が姿を現した。
「ね、綺麗でしょう?ここの星空は見た目も味も
一級品。お客様のために、ひとつ取って差し上げましょう」
そこからひつじは空を飛び、星空に手を伸ばした。そして素早く星をランタンの中に入れると、すっと調理場にひつじは戻り、星をキラキラな粉に変えていった。
コーヒーができたのだろうか。香しいその香りは、祐介をほっとさせた。ひつじがトレーを持って歩いてくる。そこには、コーヒーの他に夜空の色をしたゼリーも載っていた。
「星空ブレンドと、星くずのゼリーになります。」
星空ブレンドに口をつけてみた。
意外にも華やかな香りとは裏腹に、味は少し渋みがある。
「お客様、知っていますか。今宵は星空が特別綺麗なんです。でも、それに気づくひとは多くない……」
オーナーは続ける。
「どんなに綺麗なものだって、認められなければ、気づかれなければ綺麗とは言われない。それでも、健気に生きていけば、いつか必ず認められる日が来るんですよ。」
「この星くずのゼリーは、お客様そのものです。
誰しもみんなこんなふうに胸の中には輝く星を持っている。その存在を否定して、うまくいかないのは自分のせい、他人のせい、だなんて思うことこそ、この星に申し訳ないと思いませんか?」
いつだって、自分を信じれば、願いは叶うんですよ
ひつじはそう微笑んだ。
🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧
あれからどう帰ったかはあまり覚えていない。気がつくともう朝で、いつもの会社に出社していた。
自分の中には星という可能性がある、そう思って仕事
をしながら、今日はどんな星空が見られるだろうか、と祐介は思いを馳せた。