ここは月の上にあるコーヒー屋さん。
オーナーのひつじが出す、社会に疲れた人にだけ、その人の夢の中に現れる不思議なお店。
さて、きょうも新しいお客さんがやってきました……
1品目 「星くずのゼリー」
何をやってもうまくいかない。
会社員の星野祐介は、そう言って地面を見つめた。
入社して5年が経つ。それなのに、まだ一つのプロジェクトも結果も出せていない。なのに仕事や雑業に追われる毎日で、帰宅するのはいつも20時過ぎだ。そしておまけに、ガールフレンドの明美にも仕事が忙しいせいで愛想を尽かされ、別れを切り出されるのではないかとヒヤヒヤしている。
今日も雑業を終えて電車に揺られていた。祐介の会社から家までは1時間弱、この電車1本に乗らなければならない。今日は特に疲れを感じ、うとうとしていたら眠ってしまっていた。
🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧
「いらっしゃいませ。
注文は今日のおすすめですね。」
祐介はその声にハッとして目を覚ました。視界に入ってきたのはどこかのカフェ……だろうか。おかしい。
さっきまで電車の席に座っていたはずが、今は木製の洒落た椅子に腰掛けている。
「ここは……」
祐介はそのあとの言葉が思いつかない。
「お客様、だいぶお疲れのようでしたが……。
大丈夫、ここにきたからには少しでも疲れが取れる
ように、僕が頑張ってコーヒー淹れますからね」
ひつじのオーナーが出てきてそう言った。
ひつじが話しているという状況を唖然としてみている祐介をよそに、オーナーは続ける。
「あ、そうだ。今日は特別にいい日なんですよ。
だから、
ここの天窓を開けさせていただきますね。」
オーナーが何やらドアノブのようなものぐるぐると回した。すると……
祐介は店の中央の天井を見上げた。ギギギという音と共に、そこには満点の星空が姿を現した。
「ね、綺麗でしょう?ここの星空は見た目も味も
一級品。お客様のために、ひとつ取って差し上げましょう」
そこからひつじは空を飛び、星空に手を伸ばした。そして素早く星をランタンの中に入れると、すっと調理場にひつじは戻り、星をキラキラな粉に変えていった。
コーヒーができたのだろうか。香しいその香りは、祐介をほっとさせた。ひつじがトレーを持って歩いてくる。そこには、コーヒーの他に夜空の色をしたゼリーも載っていた。
「星空ブレンドと、星くずのゼリーになります。」
星空ブレンドに口をつけてみた。
意外にも華やかな香りとは裏腹に、味は少し渋みがある。
「お客様、知っていますか。今宵は星空が特別綺麗なんです。でも、それに気づくひとは多くない……」
オーナーは続ける。
「どんなに綺麗なものだって、認められなければ、気づかれなければ綺麗とは言われない。それでも、健気に生きていけば、いつか必ず認められる日が来るんですよ。」
「この星くずのゼリーは、お客様そのものです。
誰しもみんなこんなふうに胸の中には輝く星を持っている。その存在を否定して、うまくいかないのは自分のせい、他人のせい、だなんて思うことこそ、この星に申し訳ないと思いませんか?」
いつだって、自分を信じれば、願いは叶うんですよ
ひつじはそう微笑んだ。
🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧
あれからどう帰ったかはあまり覚えていない。気がつくともう朝で、いつもの会社に出社していた。
自分の中には星という可能性がある、そう思って仕事
をしながら、今日はどんな星空が見られるだろうか、と祐介は思いを馳せた。
7/6/2023, 6:00:49 AM