ここは月のコーヒー屋さん。毎日に悩み事を抱えてしまった人もくるお店。
今日も、オーナーのひつじがキッチンで忙しそうに準備をしています。
さて、今日はどんなお客さんが来るでしょうか……
2品目 「あんドーナツ」
「はぁ。」
安藤美鶴はため息をついた。小学校から家に帰るまでの道のりの中、これが3回目のため息である。
いつもより重い足取り。いつもより家まで遠く感じる通学路。そして、何よりいつも隣にいる愛衣が今日はいなかった。
それもそのはず、愛衣と今日、初めての喧嘩をしてしまったからだ。
ことの経緯はこうだ。愛衣には実は、好きな人がいる。その好きな人と、美鶴が今日の席替えで隣になってしまったのだ。愛衣に、こっそり席を交換してほしいと席替えに使う番号札を渡されたが、美鶴はそれを断ってしまった。なんだかズルしているような気がしたからだ。
愛衣が怒って美鶴にあたったのは放課後のことだった。
ほどなく家に着き、時間だけが過ぎて夜になった。
美鶴は、何度も何度もどうしたら仲直りできるか考えた。でも、いい策は寝る前の布団の中でも思い浮かばない。うーんうーんと考えているうちに、眠気に負けて眠ってしまった。
🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧
「お客様。もうすぐできあがりますから、あと少々お待ちくださいませ。」
見知らぬ声で目が覚めた。
まず視界に入ってきたのは……ひつじ?だろうか。
2本足で立ち、何やら油で揚げ物をしている。
「ここはどこ?」
美鶴は目を丸くしながら聞いた。
「ここはね、月の上にあるちょっとしたカフェみたいなもんです。お客さん、安心して大丈夫ですよ。ちゃんと家に帰れるし、夢だと思って楽しんでくださいな」
そうひつじに言われると、
ああ、なんだ、そっか、大丈夫なんだ。
と美鶴は不思議と肩の力が抜けた。
「お待たせしました。こちら、今夜のスイーツ、
あんドーナツでございます」
コトリ、と良い音を立てて皿が置かれた。その上には
餡子とクリームがサンドされた揚げたてのドーナツが置いてある。
「さあさあ、お客さん、召し上がれ」
美鶴はあんドーナツにそーっと手を伸ばした。
一口、かじりつく。ジュワッとした生地と餡子の甘さが口の中で踊り出すかのようだ。
"そう言えば、愛衣と一緒にドーナツを作ったことがあったっけ"
美鶴はそんなことを思いだした。あれは小学2年生の時だったか。
「ドーナツってね、一個だけ揚げるんじゃあ勿体ないから、何個か揚げるでしょ?で、1人では食べきれないから誰かと一緒に食べる。簡単で、友達同士とも気軽に作れる。それに、友情の輪の形をしているみたいじゃない?」
ひつじはコーヒーを飲みながら続ける。
「誰だって、美味しいものやスイーツの前ではニコニコになれる。大丈夫、そんな簡単にドーナツも友情の輪も切れやしないから。」
美鶴は目の前の半分残ったドーナツを見つめた。
"半分こにしても、誰かと一緒に食べるって美味しいんだろうな"
明日、愛衣にドーナツを作ろうと誘ってみよう。
最初は気まずいかもしれない。でも、その先にある愛衣と笑いあっている未来を想像して、美鶴は満足げに目を閉じた。
🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧🫧
7/7/2023, 2:53:53 AM