忘れ物をした。
放課後、HRが終わって、校舎口へ向かっていく人々に逆流して講義室に向かう。
授業以外だと使うことなんて無いような場所だから、誰もいないだろうとノックもせずドアを開ければ。
教室に1人、女子。
スマホを手に自撮り。明らかな校則違反。
数秒見つめあって。気まづー、とか。明日に出直そうかな、とか。一瞬で様々な思考が頭を巡ってるうちに、その子がぐだーっと崩れ落ちた。
「ビックリした!何だ、先生かと思ったよ」
ケラケラと安心したようにこちらを見て笑う。
あまりの温度差についていけずそのまま眺めていれば、「忘れ物でしょ?はい」と慣れた手つきで私に渡そうとしたところでピタッと止まる。
「スマホ、見たよね?」
「…ああ、うん。見ちゃった、ね」
「やば!だよね」
慌てふためく様子が面白くて数秒口を閉ざしていた。元より先生に告げ口するつもりなんてなかったけれども、ほんの少し、溜める感じで。
「あ、そうだ」
不安げに揺れる瞳が、ぱっと開いて。気づけば腕を引っ張られ画角内。
パシャ、と軽い音がなって数刻。驚いた私の顔とニコリと決めた女子のツーショットを、こちらに見せた。
「これで共犯!二人だけの秘密だよ?」
忘れ物を取りに来ただけだったのに。その言葉が、何だか私たちを特別にした。
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「二人だけの。」
7/14。信号待ちの交差点。終業式終わりの帰り道。
「夏って、いつからなんだろう。もう夏だよね」
暑さで回らない頭を回転させて、出した話題がこれだった。我ながらくだらない。
こちらを見ることも無く、信号待ちのメーターが減るのを眺めている友達。ここの交差点は待ち時間がいつも長かった。
「でも、まだ蝉鳴いてないよ」
「ああ、なるほど。とはいえさ、こんなに蒸し暑いんだから」
ジリジリと照りつける太陽。暑さの気休めにスマホを取り出し数回タップした。
「…気象庁によると、6月から8月までらしいよ。定義としては。」
「え、じゃあ丁度半分くらい過ぎたってこと?」
「油断したね」
「そうだねえ」
信号が青になった。でも、何故か私達の足は止まったままだった。
「…今から海行く?」
「ここどこだと思ってるの」
「じゃあ、プール。向日葵畑。お祭り。」
「無茶な。…カラオケ行こ。駅のとこ、今日空いてるでしょ」
「名案!」
チカチカと光る青信号に向かって走り出す。
今日、やっと蝉が鳴いた。
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「夏」
窓辺に風鈴を置いた。
すきま風でチリチリと鳴る。
目の前に浮かぶのは、向日葵畑を持った田舎の祖父母の家のような憧憬。
スイカでも食べながら、縁側で猫と昼寝する。
チリチリ。チリチリ。その時間が永遠のように感じられて、照りつける日差しに目を閉じる。
…なんて、思い浮かぶけども。自分の祖父母の家は田舎でもなく、実家から30分の住宅街で。物心ついた時にはリフォーム済みの、小綺麗な家。エアコンの効いた部屋でテレビを見て、飼っていたのは犬だった。
ああ、でも。何だか自分は「ない夏」にいた気がする。
チリチリ。風鈴はいつも私を連れていく。
あの日へ。いつまでもたどり着かない、あの夏へ。
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「風鈴の音」
ハワイ行きの広告をみた。
だから一昨日は、南国のリゾート地へ。
戦闘アニメをみた。
だから昨日は、世界を救った正義のヒーロー。
今日みたのは御伽噺。
だから今晩は、王子様が囚われた私の手を取って、「一緒に逃げましょう」と愛の逃避行に誘う。手の甲にキスなんてしちゃったりして。
私はそれに頷いて、窓から飛び出すの。
全てを投げ捨てて、
お城の外まで、
もう少しで、
ピピピピ、と私を現実まで連れ去ったのはアラーム音。
ああ、今日こそ正夢であってほしかったのに!
いくら心で逃避行しても、体まで迎えに来てくれないと意味が無いのよ。王子様!
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「心だけ、逃避行」
通学路に、曲がったことない道があった。
といっても道が1個ズレるだけであって、寄り道禁止のうちの高校ですらお咎めをくらわないような道。
普段一緒に帰らない友達が、当たり前の様にそちらを通るから、隣を一緒に歩いた。
他より大きめな家。
放置された洗濯物。
家の壁を這う名前も知らない蔦。
街灯がぼんやり光って。
2階の窓にピアノが見えた。
ちょっと歩けばすぐいつもの道に戻った。知ってるのに何も知らない。
もうそろそろ、高校も2年目なのになあ。
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「冒険」