『あなたとわたし』
あなたとわたしは、とてもよく似ている。
口に出さなくても、お互いに理解できることが嬉しかった。
笑うところや怒るところが同じで楽だった。
嫌がることは先回りして回避できた。
相手の望むことをしてあげられた。
だから今、あなたがどれだけ隠そうとしてくれても、
離れていく気持ちがわかりすぎて苦しい。
あなたとわたしが、似ていなかったらよかったのに。
『哀愁を誘う』
服を捨てるのが苦手だ。
一目惚れして思い切って買ったとか、大事な日に着ていたとか、好きな人に褒められたとか。
どの服にも、思い出が絡み付いていて中々捨てられない。
ただ、そんな訳にもいかないのが服というもので。
明日が回収日か…、と考えながら、もう着ないであろう服を選んで袋に詰めていく。
ハンガーに綺麗に並んでいたお気に入りたちが、役目を終えてくしゃくしゃになっていく。
回収場所にそっと置くときはいつも胸が痛んで、振り返った丸い袋のシルエットが哀しい。
『もう一つの物語』
○○しなければ、なんて想像を、これまでに何度したかわからない。
選ばなかった別れ道の先は、いつも理想的に輝いたものに思える。
想像上だけの、もう一つの物語。もう一人の私。
そんなものよりはきっと、私が選んだこの一つが私らしさであって。
例え時間を巻き戻せたとしても、またこの道を選びたい、と、最期の時に言えるように。
『紅茶の香り』
受験生だった頃、母がよくミルクティーを作ってくれた。
お鍋でゆっくりと茶葉を開かせて、たっぷりのミルクとお砂糖。
疲れた頭を撫でてくれるような優しい味と香りが大好きで。
作り方は同じのはずなのに、どうして再現できないんだろう。
『愛言葉』
私と彼の、会話のバランスは8:2といったところだろう。
彼は出会ったときから関西弁。
私は生まれたときから標準語。
「関西人なのにあんまり喋らないね?」
「なんやねんその偏見。そっちがずぅっっと喋ってるからやん。」
出会って間もない頃にした、そんな会話を覚えている。
多くを話すタイプではないけれど、彼の話を聞くのは好きだった。
一緒にいる期間が長くなって、私の言葉が変わってきた。
「なんか、関西弁うつってるかもしれへん!」
私が言うと。
「それ関西弁ちゃう。単純にイントネーションおかしなってるで。」
「嘘やん!関西弁やし!」
反論したものの、彼に言われて色々と口に出してみると、たしかに彼の音とは違う。
ものすごく中途半端な、所謂『エセ関西弁』になっているようで。
「エセ嫌やぁ...なんとかして。」
「練習するもんちゃうし。しゃーないやろ。」
あんたのせいやで、と嘆くフリをしながら。
私と彼の間だけに生まれた変な言葉たちが、少し愛おしい。