突然だが、私はとある男性アイドルグループのファンだ。いや、そんなかわいいものじゃない。正直に言うとオタクだ。私は、オタク達の間で使われる用語で言うと「リアコ」である。「リアコ」とは「リアルに恋してる」の略。つまり、本気でアイドルに恋をしているということ。
気が付けば、寝ても覚めても頭の中は彼のことでいっぱいになる。バイトをしていても、学校で授業を受けていても気を抜くと彼のことを考えている始末だ。もちろん、日頃から彼のSNSのチェックも欠かさないし、出演したドラマや、バラエティ番組も見逃し配信などを利用して全部観ている。
今夜も、ベッドの上で寝るまでの間。日課である彼のSNSの投稿を見ながら過ごす。画面をスクロールすれば次々に出てくる。きらきらの笑顔は、言うまでもなく好きだし、ふざけて変顔してても顔面が神過ぎる。この人、いくらでも見ていても飽きないな。きゅんきゅんが止まらない。そんなことをしていたら時間は、あっという間に過ぎていく。また、二時間くらい貴重な睡眠時間を溶かしてしまった。スマホを投げ出して枕に突っ伏した。
「しんどい…」
彼の神領域な容姿をたたえて言ったのか、この生活に言ったのかもう分からない。
「恋か、愛か、それとも」
「あんたは、しあわせになりなよね」
君は、難題を押し付けて逝ってしまった。君とそうなるつもりでいたのに。ふざけんなよと思いながら、何度もその言葉をなぞり、心のなかでしわしわのくしゃくしゃになっている。
「約束だよ」
私は、二人の男の子の母親だ。小学二年生の長男と、幼稚園の年長さんの次男。二人は、やんちゃ盛り。二人が家にいるときは怪獣がいるみたいににぎやか。てんやわんやの毎日だが、なんとか夫と4人で仲良く暮らしている。
今日は、二人と一緒に家に居るのだが、やけに静かだ。いつも走り回るわ暴れるわ。そんな子供たちが大人しいと何となくイヤな予感がする。私は、いったん家事を中断し子供たちの様子を見に行こうと立ち上がる。
二人は子供部屋にいた。長男の手には長い傘。しかもあれは夫のもの。またあんなものを持ってきて、振り回しでもしたら危険だ。止めようとしたら長男は傘を開いて、そのまま床に置いた。次男を「こっちこっち」とこそこそ呼んで、二人は傘の中へ潜っていった。
「ぼくらのひみつきちだよ」
くすくすと楽しげな笑い声。二人だけの世界がそこにはあるらしい。
「傘の中の秘密」
「雨の匂いがする」
私がそういうと彼はきょとんとした。この人には伝わっていないのだなと思って、それから話は膨らまなかった。別に、それだけが理由ではないけれど彼とは別れてしまった。
また別の人と付き合って何度目かのデートの日。その日は、雨が降っていた。土砂降りではなかったが止むまでの間、近くのカフェで人気のスイーツを食べながら、二人で談笑していた。ふと、窓の外を見た彼が言う。
「雨、上がったみたいだね」
「ほんとうだ」
「そろそろ出ようか」
私たちは席を立って外へ出た。
「雨の匂いがする」
言おうとして出た訳ではなく、ほとんど無意識に口から出ていた。彼には聞こえていないだろうと思っていた。
「そうだね、俺この匂い結構好きなんだよね」
まさか返事が返ってくるとは思っておらず彼を見た。笑顔で彼の差し出してくれた手を握って、私たちは雨上がりの道を歩き出した。
「雨上がり」
中学生の僕が所属しているのは卓球部。特に強豪でも何でもない。悪くもなければ、良くもない。どこにでもあるような一般的な成績の部活動だ。卓球の経験者でもない僕だが、自分で言うのも何だがそこそこセンスがあるらしい。顧問や先輩達にそう言われて僕は「はあ、そうなんだ」という程度で「もっと頑張るぞ」なんてやる気が出てくるようなやつではなかった。まあ、ゲームで言うようなエンジョイ勢だ。
最近、めきめき実力を上げている隣町の卓球部と練習試合をすることになった。同級生同士で試合を行うことに。僕の対戦相手は、二年の中でも上手いらしい。試合は、あっという間に終了した。
結果は、完敗だった。
別に僕はエンジョイ勢で勝ち負けなんてどうだっていい。楽しければ良いんだ。それにこれは、公式の試合でもないんだぞ。それなのに、それなのに。
「勝ち負けなんて」