幼女

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12/1/2023, 8:54:12 AM

【泣かないで】


「泣かないで」

考える間もなく声に出してしまって、直後に後悔する。
もっと気の利いた言葉があったんじゃないか。
限界まで頑張っている人に頑張れと言うような、善意の皮を被った追い詰める言葉になっていないか。
そんな事をいくら考えたところで、言葉はすでに彼女の聴覚から脳までとっくに伝達済みだろうからどうしようもない。

「なんでもないよ」

そう言って彼女は、薄く小さい唇の端を重そうに持ち上げる。
可愛いなと思う。
彼女はいつだって可愛い。
でも、違う。今見せてくれた笑顔だって、本当に誰よりも可愛いんだけれど。

そうだ、わたしが言いたかったのは

「笑って!」

そう言って、私にできる精一杯の面白い顔をしてみる。
プリクラでみんなで変顔した時に私だけあまりにも酷い顔をするものだから、だれも気を使ってインスタに載せられなかった渾身の変顔。
君には絶対見せたくなかった顔。

君は目を見開いて、驚いた顔をする。
大きく開いた目を少し細めて、長いまつ毛に絡んだ涙が零れる。
君は笑う。
涙が全部乾いたらいつものカフェに誘おうと思う。



11/29/2023, 12:11:25 PM

【冬のはじまり】

隣を歩く君が白い息を吐きながら「寒いね」と笑う。
僕も「寒いね」と返す。

去年の今頃も、同じように白い息を吐いて寒いねと笑いあった事を思い出す。
僕たちの冬のはじまりルーティーンみたいなものだ。

「何十年先も君の隣で冬を始められたらいいな」

思っただけのつもりが白い声になって君に届いてしまったらしい。

恥ずかしそうに笑う君はいつもより可愛く見えた。

2/11/2023, 5:13:26 PM

【この場所で】

母も父もこの町で生まれて

この町で働いて

この町で出会って

この町で結婚して

この町で私が生まれた

山と海に囲まれた自然豊かなこの町

最近はコンビニが増えて、少し便利になったこの町

この町で幸せに生きていけるほど

私は強くなれなかった

この町で生まれてから沢山傷を負った

幸せなこともあったけど、苦しい思い出が消えない

私や友人を苦しめた人達だけが集まった

みんな笑顔の同窓会の写真

ごめんね母さん、私この町が大嫌い

心配かけてごめんね

どうしても、私はここでは息ができない

たまには帰ってくるからさ

この場所以外で生きることを許して

12/18/2022, 11:03:29 AM

【冬は一緒に】


毎年12月の間だけ俺に恋人が出来る。
これを言うとクリスマスを恋人なしで過ごせないけど長続きもさせられないろくでもない奴だと思われてしまうかもしれないが、決して俺が望んでやっていることではない。

12月限定の恋人で幼馴染のその女は、俺の知る女の中で一番綺麗で、文武両道とか才色兼備なんて言葉が誰よりも似合うような、明るくて誰にでも慕われる最強の女だ。
ただ数少ない難点を挙げるとすれば、少々常人には理解の難しい変わり者である事と、どんな男とも一年以内に別れてしまうことだろう。
そいつはなぜか11月の終わりには付き合っている男と別れて俺に乗り換え、12月が終わるとすぐに俺とも別れてしまう。
そんなことを何年も繰り返されて大人しく毎年付き合ってやっているのは、惚れた弱みとしか言いようがない。
以前その奇行の理由を本人に聞いてみた事がある。
「世間一般的にクリスマスにはイルミネーションとツリーとケーキとチキン、あとプレゼントが必要でしょう?私にとってはそれプラス君も必要なの」
そんな訳の分からない返答を当たり前のようにされてしまったが、こいつの思考回路は昔から俺の理解の及ばないものだと知っているので深く考えるのはやめてしまった。

サンタさんへ、もう大人だけどお願いをしても良いですか。
「願わくば永遠に12月が続きますように。」

12/18/2022, 3:10:51 AM

【とりとめのない話】


「もう息が白くなってきたね」
そんなとりとめのない話をポツポツと、合間の沈黙に苦しみながらしている。
隣を歩く男のことが私はあまり好きではないし、ましてや沈黙もとりとめもない話も楽しめるような間柄ではない。
同じ大学で同じ学科、さらには同じサークルに所属しているもののほとんど喋ったことは無かったし、たまたまサークルの飲み会が終わって帰る方向が一緒だったから何となく並んで歩いてしまっているだけなのだ。

「加賀見くんって、下の名前は冬弥だったよね。もしかして冬生まれ?」
まずい、これで誕生日近かったらプレゼント渡さなきゃいけない感じになるんじゃないか?なんて失礼なことを考える。
「夏生まれだよ。8月に生まれたのに、冬弥。両親が出会ったのが冬で結婚したのも冬だかららしい。雪乃さんは?」
この世の全てに興味のなさそうな顔をして生きているこの男が私の名前を覚えていたのは意外だった。
喋る時に微かに綻んだ顔がちょっとだけ可愛く見えたのも、私との新たな共通点も、何もかもが意外だった。
「私も8月生まれだけど、苗字が白石だから雪乃。白雪姫みたいにこの世で一番美しい子になってほしいからだって。」
私はこの世で一番美しくなんてないし、こんな由来恥ずかしくて誰にも言ったことはなかったのに、ついサラッと言ってしまった。
「そっか、たしかに美人だもんね」
顔が熱くなるのは、今になって酔いが回ってきたからだと思う。

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