《花の香りと共に》
純潔。無垢。無邪気。誇り。高貴。
白百合の香りは、いつだって笑顔を運んでくれる。
どんなときも、そうだ。
あれは少し暖かい季節のこと。
「本当に好きだよな、その花」
「うん、大好き! 落ち着くんだよね、なんだか」
呆れて言ったわけではないが、シリスの自然と漏れたため息に、
「私が花から離れないからって、怒らないでよ〜」
「違う、偶然だ。……もう少し距離をとってほしいのは事実だけどな」
「それは難しい相談かな!」
「あぁ、知ってた」
間髪入れずにセナの拒否の声が届き、適当に返す。
シリスも、既に幾度か試したのだ。
それとなく離れてみたり、手を引いたり。
まぁ、どれも無駄に終わったことである。
「……さて、と。そろそろ行くか?」
「もうそんな時間か、わかったよ。……行きたくないなぁ〜」
「文句言ってないで、ほら」
セナはシリスの手を取って立ち上がった。
その拍子に、ふわりと百合の香りが広がる。
「諦めて頑張るとするかな……マナーだっけ?」
「違う、普通に公務だろ……」
「あ、そうでした。シリスありがとう! それじゃあ行こうか——参りましょう、シリス」
「……はい、セリーナ王女殿下」
二人は連れ立って中庭から去った。
二人きりのときだけが、二人が仮面を外すときだ。
それは決まって、この中庭である。
王城で唯一中庭で咲く、白百合の花が風に揺れて香りが綻んだ。
《願いが1つ叶うならば》
英雄、賢者、神に最も近しい者、英傑、神童、最高峰の魔術師、大魔法士、最強の魔法使い、神の愛し子、魔道の申し子、恩人……。
数々の名を有する彼は、神の前に座した。
三十を過ぎたにしては若々しい姿であった。
偉業を成し遂げた報酬を授かる為、である。
神が彼の功績を称え、なんでも1つ叶えてくれるというのだ、本当に“なんでも”だろう。
「……では、家族を、望みます」
1呼吸おいて彼はこう言った。
神は、ただ何も言わず、この世から静かに外れてしまった。
神官長を依代として、降臨していただけなのだ。
そうして彼の願いは聞き届けられた。
直ぐに恋人ができ、妻となり、子も2人と生まれる。
そうして、家族ができた。
その半年後、彼は、自ら命を絶った。
「……わたしが求めていた家族は、妻や子ではないのてす。神よ、わたしは両親と出逢いたかっただけのことなのですから……」
そう言って、亡くなったそうだ。
孤児であった彼の両親がどこに在るのかは、まさに、神のみぞ知る。
しかしして、神は、人心を介さぬ存在であった。
《あなたは誰》
誰ソ彼?
汝ガ疵、快癒ス者ナリ。
……真カ?
単ニ其ヲノミ希ウ。
《やさしい嘘》
おれが、ころした。
それ以外の選択肢なんてなくて、どうしようもなかった。仕方のないことだったんだ。
暴力で訴える様な人に、平和的解決なんて求めたって仕方がない。だから、殺した。
この行動は良いことではなくて、誰に褒められることでもないとは分かっていた。
それでも、やるしかなかったんだ。
選べなかった。
誰も傷つかずに済む方法を。
思い付けなかった。
俺は、余りにも弱かったから。
選べなかった。
……俺は選ぶことの出来るほど、強くはなかった。
ただ、それだけだ。
もういいだろ。
あの子は、あの場に居やしたが消すほどじゃなかっただけだ。
……あぁ、そうかい。
——これで俺が、人殺しに成れたのか。
《ただひとりの君へ》
君が生きていることに、意味など存在しない。
その代わり、君は君自身でその意味を付けられる。
他人の付けた意味に真の価値が在ろうか。
それは、君の人生であり君の生命なのだから。
意味を見い出せない?
違うな、見出そうとしていないだけだ。
モノの見方を変えろ、思考を切り替えろ。
君自身で生きていることの意味を見つけるまでは。
生命でもって、君の物語を書ききれ。
今までそうしてきたんだ。
だから、これからもできるさ、大丈夫。
人生という名の、物語の書き手は必要だ。
生きたい意志という名の、筆を決して折るな。
君なら、大丈夫。