望月

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《花の香りと共に》

 純潔。無垢。無邪気。誇り。高貴。
 白百合の香りは、いつだって笑顔を運んでくれる。
 どんなときも、そうだ。
 あれは少し暖かい季節のこと。
「本当に好きだよな、その花」
「うん、大好き! 落ち着くんだよね、なんだか」
 呆れて言ったわけではないが、シリスの自然と漏れたため息に、
「私が花から離れないからって、怒らないでよ〜」
「違う、偶然だ。……もう少し距離をとってほしいのは事実だけどな」
「それは難しい相談かな!」
「あぁ、知ってた」
 間髪入れずにセナの拒否の声が届き、適当に返す。
 シリスも、既に幾度か試したのだ。
 それとなく離れてみたり、手を引いたり。
 まぁ、どれも無駄に終わったことである。
「……さて、と。そろそろ行くか?」
「もうそんな時間か、わかったよ。……行きたくないなぁ〜」
「文句言ってないで、ほら」
 セナはシリスの手を取って立ち上がった。
 その拍子に、ふわりと百合の香りが広がる。
「諦めて頑張るとするかな……マナーだっけ?」
「違う、普通に公務だろ……」
「あ、そうでした。シリスありがとう! それじゃあ行こうか——参りましょう、シリス」
「……はい、セリーナ王女殿下」
 二人は連れ立って中庭から去った。
 二人きりのときだけが、二人が仮面を外すときだ。
 それは決まって、この中庭である。
 王城で唯一中庭で咲く、白百合の花が風に揺れて香りが綻んだ。

3/17/2025, 8:28:24 AM