望月

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3/10/2025, 4:09:37 PM

《願いが1つ叶うならば》

 英雄、賢者、神に最も近しい者、英傑、神童、最高峰の魔術師、大魔法士、最強の魔法使い、神の愛し子、魔道の申し子、恩人……。

 数々の名を有する彼は、神の前に座した。
 三十を過ぎたにしては若々しい姿であった。
 偉業を成し遂げた報酬を授かる為、である。
 神が彼の功績を称え、なんでも1つ叶えてくれるというのだ、本当に“なんでも”だろう。

「……では、家族を、望みます」

 1呼吸おいて彼はこう言った。

 神は、ただ何も言わず、この世から静かに外れてしまった。
 神官長を依代として、降臨していただけなのだ。

 そうして彼の願いは聞き届けられた。
 直ぐに恋人ができ、妻となり、子も2人と生まれる。
 そうして、家族ができた。

 その半年後、彼は、自ら命を絶った。

「……わたしが求めていた家族は、妻や子ではないのてす。神よ、わたしは両親と出逢いたかっただけのことなのですから……」

 そう言って、亡くなったそうだ。

 孤児であった彼の両親がどこに在るのかは、まさに、神のみぞ知る。
 しかしして、神は、人心を介さぬ存在であった。

2/19/2025, 3:40:11 PM

《あなたは誰》

 誰ソ彼?

 汝ガ疵、快癒ス者ナリ。

 ……真カ?

 単ニ其ヲノミ希ウ。

1/25/2025, 1:34:28 PM

《やさしい嘘》

 おれが、ころした。

 それ以外の選択肢なんてなくて、どうしようもなかった。仕方のないことだったんだ。
 暴力で訴える様な人に、平和的解決なんて求めたって仕方がない。だから、殺した。
 この行動は良いことではなくて、誰に褒められることでもないとは分かっていた。
 それでも、やるしかなかったんだ。
 選べなかった。
 誰も傷つかずに済む方法を。
 思い付けなかった。
 俺は、余りにも弱かったから。
 選べなかった。
 ……俺は選ぶことの出来るほど、強くはなかった。
 ただ、それだけだ。
 もういいだろ。
 あの子は、あの場に居やしたが消すほどじゃなかっただけだ。
 ……あぁ、そうかい。

 ——これで俺が、人殺しに成れたのか。

1/19/2025, 4:01:11 PM

《ただひとりの君へ》


 君が生きていることに、意味など存在しない。

 その代わり、君は君自身でその意味を付けられる。
 
 他人の付けた意味に真の価値が在ろうか。

 それは、君の人生であり君の生命なのだから。

 意味を見い出せない?

 違うな、見出そうとしていないだけだ。

 モノの見方を変えろ、思考を切り替えろ。

 君自身で生きていることの意味を見つけるまでは。

 生命でもって、君の物語を書ききれ。

 今までそうしてきたんだ。

 だから、これからもできるさ、大丈夫。

 人生という名の、物語の書き手は必要だ。

 生きたい意志という名の、筆を決して折るな。

 君なら、大丈夫。

1/17/2025, 12:12:37 PM

《透明な涙》

 一滴が、じわりと零れて滑って、顎先で露となる。
 その様を真近で眺め、そっと舌で掬いとった。
「……僅かだが、甘い」
 嬉しいと甘くなるのだったか、いやはやしかし、この状況下でもなお甘いとは。
 感嘆する一方、憤りすら覚えた。
 潰れた片目と毒で溶けた皮膚は痛々しい。
 人為的に歪まされただろう図体の合わない、小さな身体には生理的嫌悪感を抱く。
 それを前にして、嬉しいとは何か。
「いい加減にしろ。……生贄如きが煩わせるな」
 苛立ちをぶつけるように、額に爪を立てる。
 血が少し流れてきて、目に入って、また流れた。
「……、……? ……! ……、…………!」
「舌も持たずして何を言うか」
「………………!」
「黙れ」
 そう、生贄。早く、喰ってしまわなければ。
「…………、…………!」
「煩い、黙れと言っただろう。今、喰うてやる」
 意味のない音を発する喉笛に喰らい付くと、途端に本能が働くのか生贄は暴れ出す。
 そして、理性までも起こしてしまったのだろう。
 やがて静かになって、事切れた。
 これで、終わりだ。
「……ふ……ははは!」
 相変わらず、不味い。
 不味くて堪らない。吐き気がする。今すぐ腹の中をさっぱりとしたい不快感に支配される。
 それでも、ごくりと喉を鳴らして、また一口と口を開ける。
「…………あぁ、なんだ、そうか」
 やがて頬を伝った一雫が手に落ちて、理解した。
 口内をぬめりとした鉄臭い液体が満ちている。
「怪物と扱われようと、涙は同じく、透明なのだな」
 手の上にある滴を舌に載せると、随分塩味のある。
 同じでも、全てではない。
 ……生贄が召されれば、その家族は生涯安泰となるという、村が。
 怪物を生み、生かす村の掟である。

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