《願いが1つ叶うならば》
英雄、賢者、神に最も近しい者、英傑、神童、最高峰の魔術師、大魔法士、最強の魔法使い、神の愛し子、魔道の申し子、恩人……。
数々の名を有する彼は、神の前に座した。
三十を過ぎたにしては若々しい姿であった。
偉業を成し遂げた報酬を授かる為、である。
神が彼の功績を称え、なんでも1つ叶えてくれるというのだ、本当に“なんでも”だろう。
「……では、家族を、望みます」
1呼吸おいて彼はこう言った。
神は、ただ何も言わず、この世から静かに外れてしまった。
神官長を依代として、降臨していただけなのだ。
そうして彼の願いは聞き届けられた。
直ぐに恋人ができ、妻となり、子も2人と生まれる。
そうして、家族ができた。
その半年後、彼は、自ら命を絶った。
「……わたしが求めていた家族は、妻や子ではないのてす。神よ、わたしは両親と出逢いたかっただけのことなのですから……」
そう言って、亡くなったそうだ。
孤児であった彼の両親がどこに在るのかは、まさに、神のみぞ知る。
しかしして、神は、人心を介さぬ存在であった。
《あなたは誰》
誰ソ彼?
汝ガ疵、快癒ス者ナリ。
……真カ?
単ニ其ヲノミ希ウ。
《やさしい嘘》
おれが、ころした。
それ以外の選択肢なんてなくて、どうしようもなかった。仕方のないことだったんだ。
暴力で訴える様な人に、平和的解決なんて求めたって仕方がない。だから、殺した。
この行動は良いことではなくて、誰に褒められることでもないとは分かっていた。
それでも、やるしかなかったんだ。
選べなかった。
誰も傷つかずに済む方法を。
思い付けなかった。
俺は、余りにも弱かったから。
選べなかった。
……俺は選ぶことの出来るほど、強くはなかった。
ただ、それだけだ。
もういいだろ。
あの子は、あの場に居やしたが消すほどじゃなかっただけだ。
……あぁ、そうかい。
——これで俺が、人殺しに成れたのか。
《ただひとりの君へ》
君が生きていることに、意味など存在しない。
その代わり、君は君自身でその意味を付けられる。
他人の付けた意味に真の価値が在ろうか。
それは、君の人生であり君の生命なのだから。
意味を見い出せない?
違うな、見出そうとしていないだけだ。
モノの見方を変えろ、思考を切り替えろ。
君自身で生きていることの意味を見つけるまでは。
生命でもって、君の物語を書ききれ。
今までそうしてきたんだ。
だから、これからもできるさ、大丈夫。
人生という名の、物語の書き手は必要だ。
生きたい意志という名の、筆を決して折るな。
君なら、大丈夫。
《透明な涙》
一滴が、じわりと零れて滑って、顎先で露となる。
その様を真近で眺め、そっと舌で掬いとった。
「……僅かだが、甘い」
嬉しいと甘くなるのだったか、いやはやしかし、この状況下でもなお甘いとは。
感嘆する一方、憤りすら覚えた。
潰れた片目と毒で溶けた皮膚は痛々しい。
人為的に歪まされただろう図体の合わない、小さな身体には生理的嫌悪感を抱く。
それを前にして、嬉しいとは何か。
「いい加減にしろ。……生贄如きが煩わせるな」
苛立ちをぶつけるように、額に爪を立てる。
血が少し流れてきて、目に入って、また流れた。
「……、……? ……! ……、…………!」
「舌も持たずして何を言うか」
「………………!」
「黙れ」
そう、生贄。早く、喰ってしまわなければ。
「…………、…………!」
「煩い、黙れと言っただろう。今、喰うてやる」
意味のない音を発する喉笛に喰らい付くと、途端に本能が働くのか生贄は暴れ出す。
そして、理性までも起こしてしまったのだろう。
やがて静かになって、事切れた。
これで、終わりだ。
「……ふ……ははは!」
相変わらず、不味い。
不味くて堪らない。吐き気がする。今すぐ腹の中をさっぱりとしたい不快感に支配される。
それでも、ごくりと喉を鳴らして、また一口と口を開ける。
「…………あぁ、なんだ、そうか」
やがて頬を伝った一雫が手に落ちて、理解した。
口内をぬめりとした鉄臭い液体が満ちている。
「怪物と扱われようと、涙は同じく、透明なのだな」
手の上にある滴を舌に載せると、随分塩味のある。
同じでも、全てではない。
……生贄が召されれば、その家族は生涯安泰となるという、村が。
怪物を生み、生かす村の掟である。