望月

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《透明な涙》

 一滴が、じわりと零れて滑って、顎先で露となる。
 その様を真近で眺め、そっと舌で掬いとった。
「……僅かだが、甘い」
 嬉しいと甘くなるのだったか、いやはやしかし、この状況下でもなお甘いとは。
 感嘆する一方、憤りすら覚えた。
 潰れた片目と毒で溶けた皮膚は痛々しい。
 人為的に歪まされただろう図体の合わない、小さな身体には生理的嫌悪感を抱く。
 それを前にして、嬉しいとは何か。
「いい加減にしろ。……生贄如きが煩わせるな」
 苛立ちをぶつけるように、額に爪を立てる。
 血が少し流れてきて、目に入って、また流れた。
「……、……? ……! ……、…………!」
「舌も持たずして何を言うか」
「………………!」
「黙れ」
 そう、生贄。早く、喰ってしまわなければ。
「…………、…………!」
「煩い、黙れと言っただろう。今、喰うてやる」
 意味のない音を発する喉笛に喰らい付くと、途端に本能が働くのか生贄は暴れ出す。
 そして、理性までも起こしてしまったのだろう。
 やがて静かになって、事切れた。
 これで、終わりだ。
「……ふ……ははは!」
 相変わらず、不味い。
 不味くて堪らない。吐き気がする。今すぐ腹の中をさっぱりとしたい不快感に支配される。
 それでも、ごくりと喉を鳴らして、また一口と口を開ける。
「…………あぁ、なんだ、そうか」
 やがて頬を伝った一雫が手に落ちて、理解した。
 口内をぬめりとした鉄臭い液体が満ちている。
「怪物と扱われようと、涙は同じく、透明なのだな」
 手の上にある滴を舌に載せると、随分塩味のある。
 同じでも、全てではない。
 ……生贄が召されれば、その家族は生涯安泰となるという、村が。
 怪物を生み、生かす村の掟である。

1/17/2025, 12:12:37 PM